日本でのオオカミ復活を考える


藤原英司

日本オオカミ協会では、絶滅したニホンオオカミの復活を目ざして、さまざまな広報活動を展開してきたが、野生鹿等の生息数増大に伴う問題を解決するため、天敵獣としてのオオカミの復活が必要との意見が増え、日光国立公園や知床半島での試験的導入が論議されるようになった。本協会の刊行物には、この問題について既にさまざまな意見論述が行なわれているが、私としては強く危惧することがあるので、そのことについて説明する必要を感じながら諸事に忙殺される日々に追われて、その機会を逸したまま今日に至った。しかしこの機会に、私見を整理してまとめておくことにしたので、関心のある方は参考にして頂ければ幸いである。

A)この問題を議論する前に処理しておく必要があると思われることについて:

古来、日本にはシベリアから大型のオオカミが北海道に渡来し、本州以南の地域には中国から小型のオオカミが渡来したと考えられている。日本のオオカミは、奈良県~三重県にまたがる大台ガ原山地に残存するとの根強い生存説が1970年ごろに関係者の関心を呼び、2000年には九州の祖母山系でも生存すると騒がれたものの、決定的な確証にとぼしく、その他の北海道を含む総ての地域で、絶滅していると思われるので、新にオオカミを導入するについては、まず以下の諸点を考える必要があるだろう。

1)中国、ロシア、韓国はユーラシア大陸にあるが、日本はこの大陸とは海を隔てた島嶼国である。ということは、当然のことながら、気候や自然環境が大陸とは大きく異なり、そこに生息する動植物も異なるものが多い。その違いはオオカミにも当てはまり、ニホンオオカミは長い歴史の間に、島嶼環境に適応した形態や習性を獲得して生存していたことが、今日でも世界の各地に残存する標本から明らかである。

2)従って、今日の日本にオオカミを復活させようとするなら、中国やロシアから現存するオオカミを連れてくるのではなく、嘗ての日本に生息していたニホンオオカミを再生させる試みを優先させることが必要と思われる。しかし、これでも問題は残る。なぜなら、嘗てのニホンオオカミが生活した当時の日本と、今日の日本では自然環境そのものが大きく変化している場所が少なからず存在するからである。ニホンオオカミの生息環境は森林地帯が中心だが、今日の日本の森林自体が、当時とは著しく異なるものとなっている場所が多いので、当時のニホンオオカミを復活させることに成功したとしても、そのオオカミが昔日のオオカミのように生きることができるかどうかは保障できない。それでも一応、復活させてみる価値はあるとするなら、以下の諸点を十分に検討する必要があると思われる。

DNA鑑定と、その利用。

3-1) ニホンオオカミのDNA。
絶滅前のニホンオオカミのものといわれる標本は日本国内だけでなく、海外にも残存するので、それらの標本からDNAを採取して復活させる方法の検討が必要。この方法はタスマニアオオカミやマンモスで試みられようとしていることから、現在も保存されているニホンオオカミの標本からも可能なのではないか。DNAの利用による生体復活は、冷凍保存された精巣細胞からでないと無理といわれているので、現存するニホンオオカミの剥製標本は細胞が乾燥しているため難しいかもしれないが、何か可能な方法があるのではないか。

3-2)日本でのオオカミ絶滅の一因として狂犬病が疑われているが現存する日本オオカミの標本には狂犬病菌のDNAが入っている可能性がある。従ってDNAを精査して得られた知見をどのように利用するかをよく検討しておく必要がある。

3-3)動物福祉の観点。
日本に再導入しようとしているオオカミは現存するオオカミの生息地であるロシアや中国から連れて来ることが考えられているが、導入されたオオカミ達は元の生息地とは異なる新しい環境に適応するため、多大のストレスにさらされると思われる。これは近年注目されるようになった動物福祉に反する可能性があるのではないか。日本とは海で隔てられている地理条件下にある中国やロシアに棲むオオカミを日本に連れてくる場合と、カナダとアメリカが地続きになっているアメリカ大陸で両国の間を自由に行き来していたオオカミを再導入する計画とは全く異なる動物福祉の問題を考慮する必要があると思われる。

3-4)動植物のすべてに言えることだが、自然界の限られた地域に導入された生物は、長い年月の間に他地域に生息範囲を広げる例が多い。日本ではオオカミの絶滅後、ほぼ1世紀の間、人々はオオカミがいない環境での生活を続けてきた。オオカミの中には人の後をついて歩く個体がいることが知られており、このようなオオカミの習性は人を襲う目的ではなく、人が入手する食べ物の残りにありつこうとする意図からのようだということがアメリカのオオカミについて言われている。日本でも俗に「送りオオカミ」といわれる現象が知られているが、この問題にどう対処するかを考えておかなくてはならないだろう。現在の日本で、オオカミが棲める環境は農山村などの僻地が中心になると思われるが、その地域での通学児童や農林業に従事しながら生活する住民への対応を真剣に検討しておく必要がある。現在の日本には狂犬病はないが、人間の子どもや大人が、万一オオカミに襲われた時に備えて狂犬病ワクチンを常備するほか、傷害保険で対応するだけでは済まない問題が多々あると思われる。

以上

筆者略歴:
常磐大学国際学部教授(生物環境論、環境倫理)を経て(有)環境科学文化研究所長。フランスとアメリカのオオカミ生息地を現地調査。日本学術会議自然保護研究連絡委員会委員当時、筑波大学大学院非常勤講師を務めながら岩手県北上山地で狼の地名がつく現地を踏査。