イルカ追い込み猟の運営はこれでいいのか?

猟期を緊急延期した太地のイルカ追い込み猟から
見えること

追い込み猟の猟期

 イルカの追い込み猟は、現在、日本で2県(和歌山県と静岡県)が各自、県から操業許可を受けている。実際に操業に携わっているのは、静岡県の富戸と和歌山県の太地だが、富戸では2004年の操業以来、追い込み猟は行なわれていない。実質的に毎年操業を続けているのは、太地町だけだ。猟期は9月1日から翌年の3月末日までだが、ゴンドウクジラ類(クジラと呼ばれているが、イルカの仲間)は4月末日まで捕獲が許可されており、猟期が1か月長い。
 
 太地町は今年(2011年)2月26日をもって今期の猟を切り上げると発表したが、正式な理由は発表されなかった。県の発表によると、マゴンドウが追い込み可能な水域に姿を現さなかったからというのが、真相のようである。

猟期が終わってもイルカの生肉が市場に

 4月に入って、太地周辺で、かなり多くの生のイルカ肉が市場に出されているという連絡が本会に入った。追い込み猟は終了したと聞いていたので、突きん棒漁業(突きん棒猟)での捕獲だと考えられたが、もし追い込み猟で4月にイルカ類が捕獲されていたとすれば、これは猟期違反である。そこで、実際に市場に出ているイルカの生肉を購入してみた。パッケージの表示は「イルカハラボ」となっているが、赤身に付着している皮の色からみると、ゴンドウではない。しかし、販売している店に問い合わせても、「水族館で見られるイルカだ」というだけで、種名はわからないという。

 これまで本会では、イルカ肉の販売に際しては、「イルカの肉は水銀などの有害化学物質に汚染されているため、健康を害する可能性がある」と明示して販売するように政府の関係各所や販売店に求めてきた。本会がこれまで調査した結果から言うと、同じイルカでも種によって水銀などの汚染の度合いが異なっている。有害物質による汚染の可能性があるイルカ類の肉に関しては、せめて種の名称を明らかにして販売すべきである。

突然のイルカ追い込み猟の再開

 5月4日から5日にかけて、猟期が過ぎたにもかかわらず、「太地でイルカの追い込み猟をやっている」という知らせが本会に入った。海外からも、5月に入ってからの追い込み猟実施は違反行為ではないかという問い合わせが相次いだ。一方、かなり詳しい情報も入ってきた。それらを総合して整理したのち、水産庁と和歌山県の水産資源管理課に問い合わせて事実の確認を行なった。以下は今回のイルカの追い込み猟について明らかになったことと今後の問題点である。

追い込み猟延期の理由

1)マゴンドウ、オキゴンドウのゼロ捕獲

 今期(2010年9月から2011年4月まで)、太地ではマゴンドウは207頭の捕獲枠を割り当てられていたが、実際には1頭も捕獲できなかった。(前期は、捕獲枠230頭で、170頭を捕獲している。オキゴンドウについては、捕獲枠は前期も今期も70頭で、両期とも捕獲数はゼロである。)これは、マゴンドウ、オキゴンドウが追い込めるほど近くまで回遊して来なかったためだという。最初、「シー・シェパードなどの反捕鯨団体の妨害があって、追い込みを邪魔されたからだ」という理由も挙げられていたが、捕獲できなかったのはマゴンドウとオキゴンドウだけで、他の種、特にハンドウイルカ、ハナゴンドウ、スジイルカについては、かなりの数を捕獲していた(リスト参照:pdf 表1)ので筋が通らない。しばらくして、この理由は立ち消えになった。

pdf 表1:日本のイルカ追い込み猟捕獲実績(2000~2010)

2)太地沖の漁場が空いたこと

 太地町には2隻の小型捕鯨船があるが、この2隻が釧路沖の調査捕鯨に提供されたため太地沖での捕鯨ができなくなり、その漁場を追い込み猟で使っても小型捕鯨と競合しなくなった。そして、定置網や突きん棒猟の関係者も、追い込み猟の実施を了承した。そこで、和歌山県は、5月2日に猟期の延長を許可し、猟期を5月2日から5月31日と定め、捕獲種と捕獲枠については、今期の捕獲枠通りにゴンドウ207頭、オキゴンドウ70頭とした。

 水産庁の話では、捕獲種と捕獲枠については水産庁が管理するが、猟期については、県に権利があり、水産庁は関係ないとのこと。つまり、今回の猟期延期には、不法性はまったくないことになる。

 しかし、水産庁及び和歌山県水産局との会話を通して、以下の問題点が確認された。

猟期の融通性が野生イルカの生息数に影響することはないのか?

 和歌山県水産局資源管理課によると、イルカ猟やその猟期などについては、県側では実際に猟を行なっている太地の事情が分からない。このため、他の漁業との調整、同意などを「いさな組合」が行なって許可申請をすれば、県はそれをそのまま受け入れて許可を出すという。「漁業者が勝手に猟(漁)期を決めることはできない」と県の水産資源課はいっているが、いっぽうで、現地で調整して同意を取り付ければ、猟期延長は認められるといっている。つまり、許可を出すのは県だが、実際に猟期を決めるのは、現地の事情に詳しい「いさな組合」ということになる。和歌山県によると、一般の漁業では、こうした漁期の延長は珍しいことではないそうだ。

 実際問題、他の漁業との兼ね合いがあるからイルカ追い込み猟の猟期を延々と引き延ばすことは難しいと思われる。だが、現地で調整がつけば、猟期の変更は難しくないようだ。猟期の長さについての決まりはないとのことだから、年間の捕獲枠を1年かけて捕獲することも可能なのである。猟期は捕獲対象の種を保護するためではなく、漁師間の競合を防ぐために定められているのだ。

 この先、イルカの回遊時期が変わったり、回遊数が減少したりして猟期内の捕獲が捕獲枠に満たなくなった場合に、猟期が延長されて、これが、野生イルカの生息数に圧力をかけることにならないか危惧される。

捕獲報告は捕獲者が行なっているが、それをチェックする機関は無きに等しい

 1996年、静岡県富戸のイルカ追い込み猟で捕獲違反が起きた。捕獲枠にないイルカが捕獲され、捕獲数にもごまかしがあったのだ。現地で猟を監視していた動物・環境保護団体がそれに気づいて激しく抗議し、結局、捕獲違反のオキゴンドウ6頭が海に返された。(詳細は「イルカ追い込み猟違反事件が提示した諸問題―現地調査および抗議活動報告」エルザ自然保護の会・環境科学文化研究所刊、1997年)

 このとき問題になったのが、追い込み漁の監視体制がないことだった。静岡県水産課は違反に気づかなかっただけでなく、保護団体からの違反の指摘に対しても事実を確かめる労を取らず、漁協からの報告を信頼する姿勢を崩さなかった。県は「猟に立ち会って監視すれば、傘下にある漁協を信頼していないことになる」と発言している。そして、富戸では、その後も捕獲違反が続いた。現地の漁師によれば、「県に出される捕獲頭数の報告は信用できるものではない」、また、「海に財布が転がっていれば、捕らないほうがおかしい」とのことだった。イルカは漁師にとって単なる収入源とみられているということである。

 太地のイルカ追い込み猟は、秘密裏のうちに行なわれている。調査員2名ほどが最盛期の4.5カ月間ほど太地に配置されるというが、それは猟期の約半分にすぎない。しかも、捕獲種、捕獲数について県に報告するのは、イルカを捕獲した猟師である。つまり、太地では追い込み猟のチェック機能がないといっていい。

 富戸の例を考えれば、こうした野放し状態の環境下では、違反が起きてもおかしくない。事を正しく進めるにはチェック体制が必要である。会社組織にしても、団体組織にしても、チェック体制を備えている。そうすることによって誤りを防ぐことができ、その結果として信用を得ることができる。国際的に不信感を買っている太地の追い込み猟にこそ、チェック体制が必要といえる。この場合、チェック機関は、国策としてイルカの追い込み猟を進めている政府関係者ではなく、政府や現地とはしがらみのない第3者がなるべきである。

情勢によって捕獲枠と捕獲種が変更される

 日本で実施されている「いるか漁業」には、「追い込み漁法」と「突きん棒(沖縄の石弓漁法を含む)」がある。その捕獲数と捕獲種は水産庁が決め、各地に割り当てられる。従って捕獲数と捕獲種は、実施地によってそれぞれ異なっている。水産庁によれば、捕獲枠頭数は過去の捕獲実績によって配分しているという。では、なぜ10年もスジイルカが1頭も捕獲されていない富戸に対して今でも40数頭の捕獲許可が出されているのか、大きな疑問が残る。

 1996年に富戸で捕獲を割り当てられていないオキゴンドウが捕獲されたとき、水産庁は、富戸が捕獲したオキゴンドウの頭数を、太地の捕獲枠から差し引くことで富戸の捕獲を許可しようとして大問題になった。この時は、結局、動物・環境保護団体の抗議と要請によって捕獲枠の譲渡は実施されず、捕獲違反のオキゴンドウは海に返された。つまり、1996年時には、捕獲枠の譲渡は認められなかった。

 太地で2008年の追い込み猟によるスジイルカの捕獲枠は450頭だった。これは、2008年に水産庁が公に発表している捕獲枠数である。だが、この年度に実際に太地で捕獲されたスジイルカは510頭だった。明らかに60頭多く、捕獲違反と考えられた。これは、現地の太地でも、一部の住民によって捕獲違反として問題にされた。

 水産庁は2009年度になって、突然、スジイルカの捕獲枠数の変更を発表した。「2008年から2009年にかけての漁期においては、千葉県及び静岡県において活用されていなかったスジイルカの捕獲枠がこの年度に限って和歌山県及び沖縄県に割り当てられた」 と発表したのである。前述のように違反捕獲は2008年度である。つまり、捕獲違反が起こった後に捕獲枠数の変更が公表されたことになる。太地のスジイルカの新しい捕獲枠頭数は531頭と訂正され、太地の違反捕獲は、結局、違反にはならないことになった。

 このことについて水産庁に問い合わせてみた。すると、水産庁では、この捕獲枠の譲渡は、事前に、つまり捕獲する前に、県と県の間で調整して変更されたものと解釈しているという。静岡県や千葉県が、何らかの理由で捕獲をしないと決めて他県に捕獲枠を譲渡することは可能であるから、違法ではないという。

 しかし、違反捕獲後に譲渡したのであれば、「適正な捕獲枠管理ができていない」ということで、抗議の対象にはなる。だが、それでも、「全体の資源管理のうちで、つまり、年間の捕獲枠内での譲渡であれば、違法とはいえない」とのことだ。「不適正な捕獲枠管理」に対しても、罰則はないという。

 静岡県の伊東漁協・富戸支所は毎年、追い込み猟の実施宣言を行なっているので、それを信じるなら、事前に捕獲枠を譲渡したとは、通常は考えられない。1996年の場合と逆だが、今回は和歌山県太地が捕獲違反を違反ではないとするために、静岡県富戸に捕獲枠を譲って貰ったと考えるのが妥当だろう。富戸にしてみれば、スジイルカは2000年以降、1頭も捕獲できない種だから、譲渡しても、まったく損失にはならない。

見つけにくい捕獲違反

 水産庁での集計は、暦年(1月から12月)、つまり前年度分の1月から4月と該当猟期の9月から12月を加算して1年分としている。年間捕獲枠頭数は、暦年ではなく、9月から翌年4月までの捕獲に割り当てられている。このため、太地が報告する年間捕獲数と水産庁の発表する年間捕獲数に誤差が生じることがある。例えば水産庁が発表した2008年度のスジイルカの捕獲数は535頭で、訂正された捕獲枠531頭を超える。だが、これが集計上の誤差か、違反かは非常に分かりにくい。

 上記に加えて、漁獲現場から報告される捕獲種と捕獲数は、漁協、つまり、実際に捕獲を行なっている猟(漁)師によって記録され、報告される。水産庁によると漁業監督官が抜き打ちで現場確認をすることはあるが、県の職員や政府の漁業監督官が現場のチェックを行なうことはできないという。極端に人目を避け、関係者だけが行なう閉鎖的な水揚げに対してチェック機能が働かないとなれば、たとえ違反があっても、それを明らかにすることは不可能だと言える。

捕獲枠は何のためにあるのか?

 水産庁がイルカ追い込み猟に捕獲枠を設け、捕獲種と捕獲数を規制したのは1993年である。それまでは、どんなイルカでも捕り放題だった。捕獲枠を設けたことで、日本政府はイルカの保護をしていると多くの人が考えてきた。だが、今回の追い込み猟の猟期延長を機に、捕獲枠はイルカの保護とは関係なく、イルカ猟師のために設定されていることが改めて確認された。水産庁は「捕獲枠はイルカの保護ではなく、イルカを持続可能な状態で利用するための規制だ」としている。捕獲期間が猟師の都合によって変更でき、捕獲種や捕獲数を譲渡でき、「不適正な管理」に対して罰則がないのも、当然のことである。総合して考えれば、捕獲枠は、猟(漁)師が捕獲枠まで目いっぱい捕ってもいいという、捕獲の保障として使われているといえる。では、捕獲枠は適正に設定されているのだろうか?

捕獲枠は適正か? 捕獲枠譲渡がスジイルカに与える影響

 批判が多かった1993年の捕獲枠がやっと改正されたのは14年後の2007年だが、その後、毎年、捕獲枠頭数が減少している。この理由について、水産庁に問い合わせたところ、以下のような回答だった。

 水産庁によれば、「理由は持続的にイルカを利用するためであり、過去に捕りすぎているので、毎年、捕獲枠頭数を少しずつ減らしている。だが、一気には下げられない。なぜかというと猟(漁)師の生活がかかっているからだ」とのことである。つまり、水産庁は今の捕獲枠が持続可能にイルカを利用していくには、不適切だと認めている。

 そうした中で、イルカが捕れない地域の枠を、捕れる地域に回して捕獲させることは、「適正な捕獲枠の管理」とは言えない。特に、スジイルカについては、このような措置はかなり危険である。静岡県の富戸では、すでに1960年代に漁獲が不安定になり、漁獲量が1~2万頭を推移していたというが、1970年代には、5,000頭に満たない年が増え、1980年代には、2,000頭から100頭単位の捕獲に減少し、1990年代に入ると10頭単位の捕獲が多くなり、捕獲ゼロの年も現れた。そして、ついに2000年から1頭も捕獲できなくなり、今日に至っている。

 「日本の希少な野生水生生物に関する基礎資料」(水産庁1993年)は、スジイルカについて「日本の追い込み漁業が主に依存してきた沿岸の系統群のあるものは著しく減少していると考えるのが合理的である・・・現時(1993年)の資源量は1950年代の1割以下に低下していると考えるべきである」(p.622)としている。こうした状況の中にありながら、水産庁は捕獲枠を修正することも、監視体制をとることもせずに漁業者に捕獲を続けさせた結果、富戸に回遊するスジイルカは根絶されてしまった。

 太地でスジイルカ猟が始まったのは1973年だが、「太地のスジイルカ猟も漁獲(数)がたちまち減少した」(粕谷俊雄「スジイルカ漁業の衰退に思う」Sphere”Spring 1999, Volume 8, p23)という。太地のスジイルカの捕獲枠頭数は450頭で、捕獲枠が設定された1993年以降変わっていない。いっぽう、ここ10年ほど、太地での漁獲は約450頭を推移し、捕獲枠をほぼ目いっぱい捕っていることになる。水産庁が「過去に捕りすぎた」と認めている捕獲枠を今でも捕り続けているわけだ。さらに2008年度には510頭という違反捕獲を行ない、その後、漁獲は少し減少気味である。富戸の例で見ると、漁獲が急激に減少する前に一時的に漁獲頭数が上昇することが起きている。考えようによっては、一時的に多く捕ったことが致命的になって漁獲量の急激な減少を招いたともいえる。太地が富戸の例に倣うことがないように、注意して見守る必要がある。

日本近海でのイルカの危機

 今期(2010年度)、太地ではマゴンドウがまったく捕獲されなかった。水産庁によれば、一般の漁業と違って、イルカは「資源的に悪くない」状態だという。しかし、クジラ(イルカ)が沿岸に寄ってこないと捕獲できないという。

 スジイルカが捕獲できなくなったときに、イルカが岸に寄ってこなくなっただけかもしれないと発表した学者がいた。現在、静岡県富戸では、イルカが回遊のコースを変えて岸に近づかなくなったため、追い込み猟ができないと言われている。ほかにも理由があるようだが、富戸では2005年からイルカ猟は一度も行なわれていない。今期(2010年度)、太地でマゴンドウの捕獲がなかったのは、回遊するコースが変わって、マゴンドウが沿岸に近づかなかったためだとされている。

 日本近海で、マゴンドウやスジイルカ等のイルカの生息数が減少している疑いはないのだろうか? 粕谷俊雄氏は「スジイルカ漁業の衰退に思う」(Sphere”Spring 1999, Volume 8, p22)の中で次のように述べている。「鯨類は繁殖率が低く、資源の回復には長い時間がかかる。仮に年率4%で増加しても、資源が2倍になるのに18年、2%では35年かかる。海域間の個体の交流も分かっていないので、持続的な捕獲量を計算するのは不可能に近い」

 長年多数のスジイルカを捕獲してきた追い込み猟の存在が、スジイルカの研究を進めたといわれている。だが、人間活動による影響について、「この漁業が沖合の大きな個体群から捕獲しているのか、小さな個体群から捕獲しているのかは不明である」という。(「クジラ・イルカ大図鑑」p.147平凡社 1993年)こうした状況下で、現在、毎年、持続可能な利用を続けるには多すぎる捕獲枠頭数が設定されているとすれば、猟(漁)師の都合に合わせた安易な譲渡や猟期の延長をすべきではない。特に、近年、イルカが置かれている環境は、気候変動、海上交通の増加、海洋汚染などによって苛酷さを増している。また、海洋汚染の結果、イルカそのものが有害物質による健康被害を受けている。すでにイルカそのものが「産業廃棄物」級の汚染動物という見方もされているのだ。さらに、日本近海では、放射能汚染が食物連鎖の頂点に位置するイルカに追い打ちをかけることになるだろう。
 

マゴンドウ等イルカ類の有害化学物質汚染

 今回、猟期が延長されて捕獲が続けられているマゴンドウは水銀、メチル水銀、PCBによってひどく汚染されている。当然のことながら、その肉も汚染されている。

 本会は追い込み猟で捕獲されたイルカの肉を現地で入手して調査してきたが、イルカ肉の汚染値は日本政府が定めた暫定的規制値を上回っている。特にマゴンドウ、ハナゴンドウ、ハンドウイルカには、規制値を大幅に上回る汚染が見られる。太地町長は「風評被害」だと述べているが、これは科学的に証明された事実である。本会では、今年(2011年)4月に捕獲され、太地町周辺で市場に出されたイルカ肉の汚染値を専門の分析調査機関に依頼して検査したが、そのすべてのイルカ肉が汚染されていた。特に、販売店で美味しいと勧められた脂身には、暫定的規制値の19.2倍ものPCBが含まれていた。(リスト参照:pdf 表2) PCBは肝疾患、視覚障害、免疫反応不全、癌を引き起こす恐れがあり、幼児が摂取すれば、学習能力の低下、甲状腺機能の低下、発育不全(特に男子の性器)の危険があることが分かっている。追い込み猟の猟期を延期したことで、本来なら出荷されなかったはずの汚染肉が市場に出され、太地町周辺の人々だけでなく、イルカ肉を消費するすべての人の健康が脅かされたといえる。

pdf 表2:イルカ猟で捕殺されたイルカ肉の水銀・PCB汚染報告 2011

 追い込み猟を続けることは、イルカにとっても、また、その肉を消費する人間にとっても有害である。太地町には、イルカを食べることは太地の食文化であり、町の食文化は守らなければならないと考える人がいる。だが、太地で漁業に携わるのは、就業者の8.5% (2005年)で、「鯨(イルカも含む)で生計を立てている人は多くても100人前後」()と試算されている。2007年の太地町の資料によると、当時追い込み猟に携わる漁船は13隻(2名乗船)、突きん棒猟漁船が29隻(1名乗船)。現在はそれより減少していると聞いているので、太地でのイルカ猟の従事者は、驚くほど少数である。また、太地でイルカの肉を食べない人も多い。日本での鯨・イルカ肉の消費割合は禽獣類(牛豚鳥肉)の消費量の0.5%にも満たない。それも年々減っている。つまり、イルカ食は、場所と食べる人が限られている地方食といっていい。従って、現在では、イルカ食が何としても守らなければならない太地の食文化といえる存在かどうかは非常に疑わしい。仮に食文化であったとしても、食の安全があってこその食文化である。

 和歌山県及び太地町は水産庁とともに、人々が知らないまま有害物質を体に取り込まない手立てを、手遅れにならないうちに検討すべきである。

イルカの追い込み猟は時代の流れに逆行する

 日本政府が国策として推奨してきたイルカ猟は、イルカを水産資源としてしか見ていない。だが、すでにイルカは国際的に人類共有の財産とみなされ、保護すべき野生動物として認識されている。日本では話題にならなかったが、国際連合が2007年と2008年を国際イルカ年に設定してイルカを保護する活動を行なったのは、そのような理由による。

 イルカの追い込み猟は、現在、主にイルカの肉を食用にするため、また、イルカを生け捕りにして水族館などの施設へ売るために行なわれている。しかし、イルカの肉は水銀、メチル水銀、PCBなどの有害化学物質に汚染され、健康被害を与える可能性が高いことが科学的に証明されている。また、イルカの生態がかなり解明されたことにより、今では、イルカを捕獲して水族館に閉じ込めることが動物虐待に当たると考えられるようになり、野生動物を金儲けに利用することが、国際的な非難を受ける時代になっている。現在、同じ地球という環境の中で生きる動物たちへの人間による搾取や虐待を終わらせ、動物の権利を認めようという世界的な動きが進んでいる。世界動物園水族館協会(WAZA)が、日本のイルカ追い込み猟によって捕獲されたイルカを買わないように警告しているのには、このような国際的時代背景がある。野生のイルカを捕獲して水族館などの施設に売ることは世界的に難しくなり、近年、水族館はイルカの繁殖に力を入れている。これは、これで、かなり問題があるが、そうした中で日本、主に太地は、国際的な水族館施設へのイルカの供給地になっている。先進国とされる日本に国際的な非難が集中するのは当然のことである。

 イルカ追い込み猟の現場実態を目にした人々は一様に「これまで目撃したもっとも残酷な行為」だと評している。イルカの追い込み猟におけるイルカの捕獲方法や殺し方は、イルカの生態をまったく無視したものであり、イルカに苛酷な苦しみを強いている。家畜であれ、野生動物であれ、生き物に激しい苦痛を与えて利用することは、国際的な社会通念として許されない時代に、私たちは生きている。これは、「牛を食べるのはよくて、なぜイルカは食べてはいけないのか」というような問題ではなく、この地球を支配している私たち人間が、人間以外の生命体と、どのように向き合っていくかという生命倫理の問題なのである。

 日本政府は、国策として、国際的に保護されている野生動物を捕獲し続け、地方自治体に対して、時代の流れに対応する対策を何も提示してこなかった。国内から起こっているイルカ追い込み猟中止への要請に対しても、反捕鯨団体や一部の動物保護団体による感情的な活動にすぎないとして真摯に取り合おうとはしない。さらに、太地町が主に追い込み猟を隠すために建設した目隠し用の施設に経済的援助を与え、太地町の現状を知りながら、無理に太地町を「鯨(イルカを含む)の町」に仕立て上げようとしている。こうした動きに太地町の住民は、「鯨の恩恵に預からなかった人たちもたくさんいることを念頭に行政を行なってほしい」(「たいじ民報」1993年)と要請し、「多くの人がクジラで生計を立てているわけではありません。クジラに関係ない町民のほうがはるかに多いのです」()と抗議している。

 何とかしてイルカ猟を続けたいイルカ猟関係者は、イルカ猟と捕鯨を故意に結び付け、「太地では400年を超える伝統的な捕鯨の歴史が続いている」と盛んに宣伝し、イルカ猟を歴史ある文化だと主張している。しかし、太地におけるイルカ追い込み猟の歴史は浅い。「太地町史」に記載された初めての追い込み猟は1933年、その後、1936年、1944年に追い込み猟の記録があるが、大々的に追い込み猟に成功したのは、1969年になってからである。400年どころか、わずか42年の歴史しかない。それも、1969年の追い込み猟の主な目的は「太地町立くじらの博物館」にゴンドウクジラ(イルカの一種)を展示するためだった。つまり、ビジネスのための経済活動であり、伝統文化とは全く関係ないものだった。ちなみに、400年を超えて続いていると宣伝されている太地の伝統捕鯨にしても、1878年(明治11年)に一旦終息している。子持ちのセミクジラを捕獲して、それを曳航中に大暴風となって、全船が遭難したいわゆる「大背美流れ」と呼ばれる1878年の事故で、太地での伝統捕鯨は再起不能となって中断した。(「太地町史」及び太地町HP)その後、復活した捕鯨は、それまでの伝統捕鯨ではなく、ノルウェ-式の近代捕鯨であり、それも明治38年(1905年)になってからである。

 イルカ猟を正当化するための根拠として、無理に伝統とか歴史を持ち出すことは、まったく意味がない。伝統であろうと、歴史が長かろうと、動物に激しい苦痛を与えて搾取することを正当化する理由にはならないからだ。世界の各地には、例えばオーストラリアのアルバニーのように、これまでの搾取の伝統を共存の伝統に代え、その文化を伝えつつ生計を立てている場所がある。文化的、経済的背景は国によって異なり、そのまま現代日本に適応させるのは易しいことではないが、伝統とは決して不変に永続するものではなく、時代の要請や社会状況によって変化するものであることを示す前例として、重要である。日本政府が真摯にその方法を探るなら、生命を尊重した形で野生動物と共存していく新たな伝統を築くことも可能なはずだ。

 日本政府は時代の流れに逆行する捕鯨やイルカ猟を国策として進めている。当然のことながら、このことへの批判は大きく、外交的にも不利益である。日本政府は、「日本の食文化を守るため、海外の圧力に屈してはならない」と、国粋主義をあおりたてることによって、また、「400年以上の歴史を持つ太地町の伝統文化を守る。『鯨の町太地』は捕鯨なしには生き残れない」という大義名分を立てることによって、あちこちにほころびが出てきた国策を何とかして押し進めようとしているように思われる。

 大部分の人々が鯨やイルカとは関わらない生活をしているにもかかわらず、Taijiという場所は、今や捕鯨やイルカ猟によって、悪い意味で世界的に有名になっている。これは、はたして太地の人々が望むことなのか、日本政府に翻弄される地方自治体の姿が垣間見られる。日本政府が地方自治体を犠牲にすることのない政策を掲げて、方向転換を図ることを切に望みたい。

2011.6.2 up
ページのTOPへ