2007年IWCレポート


クジラをめぐる茶番劇:日本が演じたIWC「正常化」のシナリオ

2007.9.18 up

-2007年国際捕鯨委員会(IWC)年次総会の取材報告―

第59回国際捕鯨委員会(IWC)の年次総会がアメリカのアラスカ州アンカレッジで5月28日から5月31日まで4日間開催されました。

本会議開催中、つくば市を本拠に出版活動を続けている株式会社「ステップ(STEP)」の記者として、会議の進行を取材しました。現地の様子をお知らせすると同時に、重要項目に焦点を当てつつ議事の進行に沿って以下に概要を報告します。

警察官と警察車に護られた会場: 顔写真つきのパスの確認

会場はアンカレジの中心街西方に位置するホテル「キャプテン・クック」でした。ホテルの西方にはクック入江、東方には遠く雪を抱いた峰が連なり、碁盤の目のように整然と走る街路には、車道にそって吊り花が飾られているところがあり、早春の雰囲気をかもし出していました。気温は早朝と夜半に冷え込むとはいえ、暑くもなく寒くもなく快適でした。空港とホテルの入口にIWC開催を告げる地味な横断幕が掲げられているほかは、華やいだ会議の宣伝は見られませんでした。

国際捕鯨委員会(IWC)の開催を告げる垂れ幕。アンカレッジ空港。
国際捕鯨委員会(IWC)の開催を告げる垂れ幕。アンカレッジ空港。
シロクマの剥製。アンカレッジ空港。
シロクマの剥製。アンカレッジ空港。
キャプテンクックホテルに掲げられたIWC会議開催を告げる垂れ幕。
キャプテンクックホテルに掲げられたIWC会議開催を告げる垂れ幕。
キャプテンクックホテル出入口に面した道路に連なる警察車。遠景。
キャプテンクックホテル出入口に面した道路に連なる警察車。遠景。

会議の開催中、ホテルの出入り口に面した道路に警察車が列をなして駐車し、常時、10人近い警官がホテル周辺で警備に当たっていました。町の雰囲気にそぐわない異様な光景でした。そこで「どうしてこんなに多くの警官いるのか。事件でもあったのか」と警備中の警官に何度か尋ねてみました。「あなた方を悪い人(bad
menと表現していました)から守るため」、「安心して会議ができるようにするため」というのがその答えでした。顔なじみになった警官が「もし商業捕鯨が認められたら、暴力騒ぎになるかもしれないので・・・」と答えたのは驚きでした。話の様子からすると、どうやらNGOが騒ぎを起こすのではないかと警戒しているようすです。現に、世界的に名を知られた鯨類保護の活動家が、平和的な活動をしている人も含めて、ホテルから締め出され、ホテルに入るのを拒否されました。

アンカレッジの町並み。
アンカレッジの町並み。

しかし、NGOが騒ぎを起こす様子はまったく見られず、町は至って静かで、IWC会議そのものに関心を持っている住民は少ないようでした。町で変わったことといえば、韓国人が経営する会場近くのスナック店が大繁盛し、数少ない本屋のなかに、先住民生存捕鯨や先住民の生活について書かれた本の特設コーナーを設けたところがあったことくらいで、先住民の捕鯨について書かれた本が1週間に10冊近く売れたというのが話題になっていました。店員の話では、会議で5年ぶりに先住民生存捕鯨についての討議が行なわれるため、興味をもって買っていく人がいるということでしたが、そのコーナーで私が見かけた客はたった一人だけでした。

IWC会議で大きく変わっていたことは、会議への参加登録をするときに、顔写真を撮られたことです。この写真つきのパスを会場に入るときに入口で見張っている警備員に見せ、さらにそれを機械にかけて本人かどうかが確かめられました。日本政府が自国の調査捕鯨船が南極海でNGOに襲われたと言い立てているせいなのか原因は分かりませんが、過剰警備としか言いようのないものです。しかも、メディアの会議参加費が、2年前と比べて2倍近くに跳ね上がっていました。それがこうした過剰警備のためだとすれば、いい迷惑だというほかありません。

 

会議1日目:5月28日(月)

順調な滑り出し:日本が主張するIWC会議の「正常化」

2007年第59回国際捕鯨委員会の開催。キャプテンクックホテル内会場。
2007年第59回国際捕鯨委員会の開催。キャプテンクックホテル内会場。

会議第1日目は、まず新たに選出されたウィリアム・ホガース議長、アラスカの先住民の長老、アンカレッジ市長、アラスカ州知事、米上院議員の挨拶などで始まりました。その内容は総じて先住民がいかにクジラに依存して生活しているかを知らせるもので、持続可能なクジラ利用の重要性を強調するものでした。続いてアメリカ最北端の町バローの先住民(イヌピアット)、ロシア連邦チュコトカの先住民(チュクチ)、それに米ワシントン州沿岸のマカー族が入場し、歌と踊りのパーフォーマンスを披露しました。それは、今年のIWC会議の目玉が先住民の生存捕鯨であることを強く印象づけるものでした。

IWC会議開催前。パーフォーマンスの準備が整った先住民。
IWC会議開催前。パーフォーマンスの準備が整った先住民。

先住民を抱えるアメリカの力の入れ方もかなりなもので、米政府代表参加者は70名で、日本の65名を上回る数でした。

IWCの加盟国は現在77ケ国です。しかし、分担金不払いの5カ国には投票権がないと発表されました。そして、新加盟国のエクアドル、スロベニア、クロアチア、ギリシャ、ラオス、ガテマラなどの国々の代表が発言の機会を与えられて挨拶を終えると、ようやく会議が始まりました。

 

IWC会議の「正常化」と今年の会議の運営方針

今年の会議には、これまでにない特徴がありました。それはIWC会議を「正常化」しようという日本の働きかけです。しかし、これは一種のパーフォーマンスにも見えました。「正常化」をめざすということは、これまで会議が正常に行なわれなかったということを意味します。ここで、はっきりさせなければならないのは、何を「正常」とするかということですが、それは、後に検討することとして、日本は「正常化」をめざして「対立より対話を」と呼びかけました。

IWC会議では、最初に討議する議題を確認します。日本は従来、会議が始まるとすぐに、採決を無記名投票にしようとか、クジラの保護に関する議題を削除しようとか、いろいろ言い立てて議事の進行を遅らせてきました。しかし、今年は会議を「正常化」させるために議題削除の申し立てを行なわないことにしました。こうして会議はスムーズに滑り出しました。これは、皮肉なことに、これまでの日本の言動がIWCの「正常化」を阻んでいたことを認めたようなものでした。
とにかく「正常化」のために対立を避け、「意見の一致」を図って、合意で結果を出そうということで会議が進められました。

科学委員会から鯨類資源の報告:
南極海のミンククジラは今年も生息数不明

まず、科学委員会から鯨類資源についての報告がありました。日本が調査捕鯨と称して捕獲している南極海のミンククジラについては、今年もまた、その推定資源量、つまり生息数は不明のままでした。

南極海には76万頭のミンククジラがいるといわれてきました。しかし、その後ミンククジラの推定量が、かなり少ない(50パーセント減)という調査結果が出たため、2001年に76万頭説が撤回され、推定値が出ない状態が続いています。現在、なぜそのような少ない調査結果がでたのか、その理由を調べている段階で、南極海のミンククジラの推定量の議題は来年(2008年)に持ち越され、2008年に向けての中間会議が開かれることになりました。

日本政府は「76万頭もいるミンククジラをなぜ捕獲してはいけないのか」という主張を国内で華々しく展開していますが、これは日本だけの解釈にすぎません。日本が「感情を廃して科学を重視しよう」と主張するなら、先ずIWC科学委員会の「科学」を受け入れるべきでしょう。分からないことを分からないとすることは、立派な「科学」だと認識してほしいものです。

南極海のミンククジラのほか、北西太平洋のミンククジラの日本海個体群(Jストック)の減少が危惧され、混獲が心配されていること、最も危惧されていて2050年絶滅説まで出ている北西太平洋のコククジラその他についての資源量に関する議論もありました。なお、混獲というのは、捕鯨によってではなく、定置網などにかかってクジラが捕獲されることを指します。

最後に鯨類と船舶との衝突、汚染された鯨肉を食べることによる人間への健康被害などが話題になり第一日目は幕を閉じました。

 

会議2日目:5月29日(火)

先住民生存捕鯨

第2日目は、今年のIWC会議の最重要議題である「先住民生存捕鯨」が討議されました。先住民生存捕鯨は、クジラに依存して生活している先住民に特別に認められている捕鯨で、5年ごとに見直しが行なわれています。今年は2008年から2012年の捕獲について議論されました。

先住民生存捕鯨を行なっているのは、米アラスカ州、米ワシントン州、ロシア連邦のチュコトカ、グリーンランド(デンマーク)、それにセントビンセント及びグレナディーン諸島です。各先住民がいかにクジラに頼って生活しているか、そして、現在、その必要量が充たされていないかを訴え、グリーンランドを除く、すべての先住民に、IWC出席国の合意によって捕鯨を続けることが承認されました。

グリーンランドについては、新たに捕獲枠を増やしてホッキョククジラやザトウクジラの捕獲を要求したため合意が得られず、審議が続きました。結局、グリーンランドが捕獲種及び頭数の修正を3度行なった後、会議の最終日の5月31日に投票が行なわれ、賛成41、反対11、棄権16で採択されました。採決に75パーセントの賛成票が必要な投票では棄権を考慮せずに賛成と反対の票数で決めるという規則に則っての採択でした。(もし棄権が考慮されれば、採択されないところでした。)各先住民のこの先5年間の捕獲枠は、以下の通りです。

米アラスカ州先住民及びロシア連邦のチュコトカの先住民:
ホッキョククジラ 5年で280頭(年間捕獲頭数の限度は67頭)

米ワシントン州先住民及びロシア連邦のチュコトカの先住民:
    コククジラ 5年で620頭(年間捕獲頭数の限度は140頭)

セントビンセント及びグレナディーン:
    ザトウクジラ 5年で20頭以下にする。

グリーンランド(採択された最終案 以下すべて年間捕獲数)
西グリーンランドのミンククジラ    200頭(従来は175頭)
東グリーンランドのミンククジラ     12頭 (従来どおり)
 西グリーンランドのナガスクジラ     19頭 (従来どおり)
 西グリーンランドのホッキョククジラ    2頭 (捕獲枠を新設)
   
*グリーンランドが当初要求していたザトウクジラ10頭の捕獲枠の新設は、鯨類保護国からの反対が多いため、グリーンランド自らが最終案で削除しました。

先住民生存捕鯨の問題点:

問題点に先立って、まずに考慮しておくべきことは、現在の鯨類の減少は、主として先住民以外の人々によってもたらされたものであるということです。もし、先住民が行なうような捕鯨の規模が保たれていたら、現在ほどの鯨類の減少はなかったと考えられます。この一種の「やましさ」が先住民捕鯨への好意的な雰囲気、言いかえれば、先住民の要望への妥協を呼んでいるように思われます。端的にいえば、過去の捕鯨によってクジラの減少を招いた国々は、大きな顔をして、「細々と」捕鯨を続ける先住民の捕鯨に待ったをかける資格があるかのという後ろめたさがあるのかもしれません。

もちろん現在の先住民生存捕鯨は、IWC科学委員会の資源推定量、つまりクジラがどのくらい生息しているかという見通しに基づいて承認されます。ですから先住民生存捕鯨によって直ちにクジラの生息数が減少するという懸念はないといっていいでしょう。しかし、先住民が捕鯨枠を広げていきたいという次のような理由については非常に疑問です。例えば(1)人口が増えたから(グリーンランドは10パーセントの人口増加を報告)、(2)他のクジラでは調理法の関係で代用できないから、(3)伝統を再生したいから、(4)ザトウクジラが食べたいから等という理由です。また、年間100頭あるいは200頭を超えるクジラの捕獲が「細々と続ける捕鯨」なのかを検討することも必要だと思います。また、ロシアは現在の捕獲枠では必要な栄養上の需要の30パーセントを満たすものに過ぎないと不満を述べていますが、クジラに100パーセント依存する生活が果たして本当に必要なのか、またそのようなことが可能なのかを会議で審議していく必要があるでしょう。

フランスは「鯨類管理はIWCのみに任せるべきで、捕獲枠増加には反対する」と述べていましたが、科学委員会の勧告に従いつつ、この先、捕鯨への依存を少なくしていく努力が必要(メキシコの発言)だろうと思います。「現存の枠を超えるべきではない」というイタリアの発言にも耳を傾けるべきでしょう。

ロシアは、天候や氷の状態で必要な捕獲を充たせないと発言し、また、「臭いクジラ(stinky whale)」と呼ばれる「陸揚げされても食用に適さない汚染されたクジラ」が過去10年の間に新しい問題になっていると訴えました。

こうした事情は、今後のクジラの生存に深く関わる脅威です。グリーンランドが捕獲枠にザトウクジラを含めようとしたときの討議時に、鯨類の状態については「予想できない危険がある。科学的に認められる枠のみを受け入れて、予防原則に基づいた考慮が必要であり、予防原則がないIWC以外からの助言を元にクジラ問題を判断することはできない」という発言がオランダからありました。また、イギリスも「予防原則がない先住民生存捕鯨の現状維持には反対である」と意見を述べました。

先住民生存捕鯨が商業捕鯨と違うことは確かですが、まったく商業捕鯨の要素がないかというと、これも違うように思われます。肉は地域で消費されてもその他の部位は、加工品となって市場に広く流通しています。捕鯨の継続を望む先住民は、今後も肉不足を訴えて、もっとほしいが、これで合意をしてほしいと駆け引きを続けることが予想されます。今年、グリーンランドは「対立を避けて、合意を」という風潮にうまく乗って、まず最初に、捕獲枠をかなり上げて要求し(*)、あとで徐々にそれを下げて妥協を示すことで、交渉に成功したといえます。妥協の事実が好意的に見られ、結局はこれまでの捕獲枠を増加させたわけです。いっぽうでグリーンランドの「ホッキョククジラの推定量がまだはっきり出ていなくて、科学委員会が懸念を示している」から、捕獲は待つべきだという意見も出されました。2頭とはいえ、捕獲枠にホッキョククジラを追加したことが、先住民生存捕鯨の討議を、さらに「何とか多くのクジラを勝ち取ろう」という交渉の場にエスカレートさせたことは、今後に影響を残すかもしれません。

(*)グリーンランドが要求した最初の捕獲枠は西グリーンランドのミンククジラ200頭、東グリーンランドのミンククジラ12頭、ナガスクジラ19頭、ホッキョククジラ2頭、ザトウクジラ10頭)

銛撃ち(struck)と実際の捕獲(taken)の区別:

 グリーンランドの先住民生存捕鯨の審議中に、議事録に記載される言葉の修
正がありました。それは、これまで「taken」と表現されていたところを「struck」(銛を撃ち込む)という言葉で表すという修正です。

双方とも「捕獲」という意味で使われていますから余り変わらないように思われるかもしれませんが、これは、大変意味のある修正であると受け取られています。厳しい自然条件の中で伝統的な捕獲法を守って行なわれる先住民捕鯨では、銛を撃ち込んだ動物がすべて捕獲できるとは限りません。海が荒れ、天候条件が悪ければ、銛を撃ち込んだ動物を回収できないことも起こります。いっぽう、銛を撃ち込まれた動物が厳しい条件の中で生き延びることは大変難しいといえます。このためクジラを護りたいと考える人びとは、捕獲を表す言葉として、struckの語を使用したいと望んでいました。そして、今回、グリーンランドは最終的にこの表現方法に同意して、例えば
“2 West Greenland bowhead whales struck per
year”(「年間2頭の西グリーンランドのホッキョククジラを捕獲」のように記述することを受け入れ、グリーンランドは上述したような捕獲枠を確保したのでした。

アラスカで今年(2007年)5月に捕獲したホッキョククジラに銛が……! 

イヌピアット・ヘリテージ・センター。
バローにあるイヌピアット・ヘリテージ・センター(歴史民族博物館)のホール。イヌピアットの人々が先住民生存捕鯨として獲ることが認められているホッキョククジラの模型(実物大)。絵画は、生存捕鯨のようすを描いたもの。

余談ですが、今年(2007年)5月にアラスカ沖で捕獲されたホッキョククジラの体内から銛の一部が発見されました。これまでにも石製や金属製の銛の一部がホッキョククジラの体内から見つかっていましたが、それによって年代を特定できるものではありませんでした。ところが、今回見つかった銛は1880年頃に作られ、19世紀中に姿を消した狩猟道具だったことがわかりました。なんとホッキョククジラは銛を撃ち込まれても逃げ切り、2007年まで生きていたということになります。

 

イヌピアット・ヘリテージ・センター。
イヌピアット・ヘリテージ・センター。建物の前に展示されているのは、ホッキョククジラの骨。前から見たところ。口の大きさが分かる。

アラスカ最北の町バローにあるノース・スロープ郡野生動物管理部の生物学者ジョージ・クレイグ氏は、これまでホッキョククジラの寿命を150年くらい、あるいは、200年を超えることもあると推定していました。現地で年代のはっきり分かる銛が見つかったことで、今年5月に捕獲されたホッキョククジラの死亡推定年齢は115歳から130歳とされました。

バローでは学者とクジラを捕っている現地人(イヌピアット)がこれまで約30年間クジラの科学的な調査に関わり、現地人の伝統的な知識が調査を助けてきたという歴史があります。ジョージ・クレイグ氏によると、現地人はこれまで「ホッキョククジラは人間の寿命の2倍生きる」と何世紀ものあいだ言い続けてきたということです。

先住民という言葉を問題にした日本の真意は?

先住民生存捕鯨は英語でAboriginal Subsistence Whalingと表現されています。このAboriginalという言葉が植民地主義的な意味合いをもつので他の表現にしようと、グレナダやセントキッズネービス、日本などが発言しました。いっぽう、アメリカやモナコなどは、この言葉にはそのような先住民を否定する意味合いはないと応答しましたが、今後この言葉の審議を行なうことになりました。

日本は、毎年IWC会議で、日本の小型沿岸捕鯨を先住民生存捕鯨として認めさせようとしています。しかし先住民という表現は、日本の沿岸捕鯨者には当てはまりません。名前を変えることで、何とか沿岸捕鯨を先住民捕鯨と同様に扱ってもらおうと考えているのではないかと疑念がわきます。名前を変えて内容を徐々に変えたり、ごまかしたりするのは、これまでも日本で多く見られたことです。いかにも日本政府が考えそうなことで、気にかかりました。

将来のIWCについての議論:

科学委員会から改定管理方式(Revised Management Procedure=RMP)についての報告がありましたが、内容的には特筆することもなく、つぎにIWCの将来について議論が交わされました。なお、改定管理方式(RMP)とは、推定資源量(生息数)と過去の捕獲記録だけでクジラを減らさないような捕獲枠を算出する管理方式で、1990年代に入ってから、つまり商業捕鯨が中止されてからIWC科学委員会が完成させたものです。日本の水産庁は「調査捕鯨」を続けることで、さらに精度の高い管理方式を作るといっているそうです。

日本政府が今年2月に東京で開催したIWCの「正常化会合」(すべてのIWC加盟国を日本政府が招待した国際会議でしたが、集まったのはほとんど捕鯨推進国)、それに、今年4月にニューヨークでピュー財団がスポンサーになって開催された会合の報告があり、これに対してラテンアメリカ諸国も2006年12月にブエノスアイレスで会議をしたとアルゼンチンが報告しました。その後、IWCをどう運営していくかが活発に議論されました。

しかし、結局は、各国が言いたいことを述べるにとどまり、かえって立場の違いがはっきり示される結果になっただけで、具体案の策定には至りませんでした。ただ捕鯨支持国と捕鯨反対国が互いに非難するのは止めて、「妥協の精神」で何とか協調して共通項を見つけていこうということになりました。しかし、双方の考え方や立場の違いは何とも致し難い感じでした。そうした中で、冒頭に述べた3つの会合をIWC会議の中に戻し、各会合のアイディアをまとめて2008年へ向けてのプランを考えることで落ちつきました。

IWC内の捕鯨推進国と捕鯨反対国の実質的な数が拮抗しているため、4分の3(75パーセント)の合意が必要な重要事項はほとんど決らず、現在の硬直状態を打破する手立ては簡単に見つかりそうにありません。しかしこの討議の中で、フランスからIWCの決議に違反して行なわれている調査捕鯨や捕鯨行為に対して法的措置が必要だという意見が出され、また、アルゼンチンやドイツその他の数カ国が、IWCの「正常化」より「近代化」が必要だと訴えたのが印象的でした。また、ここに今後IWCを機能させていく鍵があるように感じました。

2005年に韓国で行なわれたIWC会議の報告の中でもすでに書きましたが、日本が法の抜け穴を利用して遵守している国際捕鯨取締条約は1946年に採択された条約で、その後一度も見直されることなく今日に至っています。実情にあった見直しが必要だと改めて思いました。やっと「近代化」の声が上がったことはよい傾向だと思います。

南大西洋サンクチュアリ(保護区)設定の提案

 サンクチュアリとは、和訳すると「聖域」ですが、「捕鯨を禁止したクジラの保護海域」のことです。IWC会議では、すでに1979年にインド洋に、また、1994年には南極海にサンクチュアリを設定しています。しかし、国際捕鯨委員会(IWC)では違反に対する罰則を決めていないので、日本は会議での決定を無視して、毎年、捕鯨が禁止されている南極海サンクチュアリの中で、調査捕鯨と称して捕鯨を行なっています。

先住民生存捕鯨の討議時に、アルゼンチンやブラジル等の国が「地域社会のニーズを支持するなら、沿岸地域社会の非致死的利用であるホエールウオッチングにも配慮し、サンクチュアリ設立にも反対しないでほしい」という意見を出しました。そのことを前提にブラジルとアルゼンチンが南大西洋サンクチュアリ設定の提案をし、ブラジルがこの提案の合法性を説明しました。

ホエールウオッチングでクジラを非致死的に利用する国と、クジラの保全は自国の経済水域内で進めるべきだと考える捕鯨推進国が活発に意見を戦わせました。しかし、双方の議論には埋め難い開きがあり、合意が得られるような状況ではありません。やがて時間切れになり、審議は次の日に持ち越され投票にかけられることになりました。セントキッツ・ネイビスがこの提案の撤回を求め、ロシアがすかさずそれに同意しましたが、例年この議題の削除を申し立ててきた日本は、今年は提案撤回を求めませんでした。対立がはっきりしていて合意がとれない議題は無視することにしたのだそうです。

会議3日目:5月30日(水)

ホガース新議長は、かなりてきぱきと議事を進行させましたが、余りにも発言国が多いため時間不足で、この日は現地時間午後10時すぎまで長丁場の会議になりました。

前日から持ち越されたサンクチュアリの投票結果は、賛成39、反対29、棄権3、欠席1でした。採択には75パーセントの賛成票が必要なため、サンクチュアリの設定は採択されませんでした。最初に提案されたのが1998年ですから、じつに10年近く採択されない状態が続いていることになり、次の議題である日本の沿岸小型捕鯨と同様に、合意が難しい議題だといえます。しかし、2005年のサンクチュアリ新設への合意国が29カ国だったことを考えれば、今年の投票結果は、実質的にサンクチュアリ新設への合意国がかなり増えていることを示しています。

日本の沿岸小型捕鯨(議題「9.社会経済的影響及び小型捕鯨」の審議)

冒頭でアンカレッジの警察官の言葉を紹介しましたが、それで分かるようにこの問題は今年のIWC会議の重要議題でした。日本からは地域代表も含めて65名もの代表がこの会議に出席しました。このように多くの出席者の会議参加費用が国費(国民の税金)でまかなわれた可能性があり、調査する必要があります。

この問題の背景:
昨年(2006年)6月のIWC会議では、「セントキッツ・ネイビス宣言」が賛成33、反対32、棄権1のわずかな差で採択されました。これは1982年に採択された「商業捕鯨一時停止(モラトリアム)」(南極海実施は1985年、沿岸実施は1986年)はもはや必要ないとして、商業捕鯨の再開を支持する内容の宣言でした。実際に商業捕鯨を再開するには投票で75パーセントの同意票が必要ですが、この投票結果は、商業捕鯨再開に向けて新しい希望の風が吹き始めたとも解釈されました。情勢は厳しいとしながらも捕鯨で知られる和歌山県太地(たいじ)町では「商業捕鯨の再開」をめざして、今回、三軒一高町長はじめ総計5人が町の税金を使ってIWC会議に参加しましたが、その収支を不明にしたままであることが、その後、地元で問題になっています。

日本の提案:
討議は日本の森下丈二漁業交渉官の発言で始まりました。日本ではIWCで規制されていないツチクジラ等を対象として沿岸小型捕鯨が行なわれていますが、森下交渉官はIWCの規制対象種であるミンククジラを小型捕鯨に加える提案をしました。

森下交渉官は、日本の捕鯨がいかに理不尽に阻止されてきたかを歴史的にさかのぼって物語り、クジラに依存して生活してきた日本の地域社会(網走、鮎川、和田、太地)がモラトリアム(「商業捕鯨一時停止」)の実施以降およそ20年間どんなに苦しめられているかを訴えました。こうして日本が行なった提案はつぎのようなものでした。

1)クジラの利用は地域に限定する。モラトリアムの解除は求めない。

2)捕獲頭数は指定しないで、受け入れ可能数を交渉で決める。そして、その頭数の分だけ現在日本が行っている調査捕鯨(JARPN
Ⅱ)から差し引く。

3)この捕獲を管理するために、国際的な監視官を受け入れ、衛星を使ったモニタリングやDNA登録を実施し、個別のクジラをすべて識別できるようにする。また、市場から無作為のサンプリングを行なって不法捕獲を監視する。(つまり、これは、市場に出ている鯨肉を無作為で購入して分析し、不法な捕獲がされているかどうかを調べるということです。)そして、監視委員会を設置し、IWCメンバーのすべてを受け入れる。

4)この規定は、もし5年以内に新しいデータが出た場合は、科学委員会の助言に基づいて修正されるものとする。

森下交渉官は、この提案の後、日本の提案は「誠実な協力、妥協の精神に基づいている。沿岸小型捕鯨地域社会のフラストレーション(不満)は大きい。もしこの提案が通らなければ、日本は別の方法を考える」と謎めいた発言をして、話を終えました。

その後、現地でのインタビューで森下交渉官はこの提案について「今までで一番いい提案を作ってきたつもりだった」と答えています。果たしてそうなのか?私は森下交渉官の話を聞きながら「かなりまずい提案をしている」と感じました。このことについては、少し先で述べることにします。

森下交渉官の次に、宮城県石巻市の土井喜美夫市長が日本沿岸の小型捕鯨が認められないために苦しんでいる地域社会を代表する形で発言しました。率直な発言を英語でしたことで、全般的に好意的な受け取られ方だったように思います。しかし、その内容は、石巻市鮎川の沿岸捕鯨が20世紀初めに始まったもので、ノルウェー方式を取り入れた近代捕鯨であるというものでした。日本政府は、日本の沿岸捕鯨を先住民生存捕鯨と同様の扱いで認めてほしいと主張していますが、土井市長の発言は日本の沿岸小型捕鯨が歴史的に見ても北極域の先住民生存捕鯨とはまったく異なるものであることを証明することになり、日本が主張する先住民生存捕鯨の一環として沿岸小型捕鯨を認めないのはダブルスタンダード(一貫性を持たない基準)で、許せないことだという抗議とは、明らかに矛盾していました。

日本の提案への反応

日本のこの提案に対して、次つぎと反対意見が出されました。簡単にまとめると次のような反論です。

「日本の沿岸捕鯨には商業的側面があり、IWCが商業捕鯨の一時停止(モラトリアム)を決めている限り、認められない」(ニュージーランド)、「日本が提案した沿岸捕鯨は新しいカテゴリー(種類)に属すものであり認められない」(モナコ)「取り締まり措置が強制でないので認められない」(ブラジル)、「すでに調査捕鯨でクジラを捕っているではないか」(メキシコ)、「日本が今も捕っている調査捕鯨や混獲による肉を充てればいい」(アメリカ)という皮肉な応答もありました。中でもイギリスの反論は調査捕鯨にもメスを入れる厳しいものでした。つまり「日本の要求のターゲットは、鯨肉ではなく、原則、つまり商業捕鯨を許可させることではないのか。日本の沿岸捕鯨で捕獲したクジラの頭数を調査捕鯨から差し引くということは、調査捕鯨が科学捕鯨でないことを表している。科学のための捕鯨は本来、必要な数だけを捕獲して行なうものである」と反論したのです。アルゼンチンの反論も同様で「科学部分を減らして、商業の部分をよこせというのは、クジラの取引だ」と反論しました。

いっぽう、「科学調査の捕獲枠から頭数を引くのだから問題ない」(グレナダ)という意見も出され、また、ドミニカ、ベニン、などの国々が「生活がかかっている」、「沿岸地域の人がIWC会議に来ている。地域社会、文化を考え、人々の必要性を充たす」ために日本の要求を支持すると意見を述べました。「日本の説明はすばらしい。論点に一貫性がある。石巻の代表の声を聞いた。説得力があった。IWC会議に一貫性をもたせるなら支持すべきだ」(モロッコ)という強い支持もみられました。

こうした発言を見ても分かるとおり、「対立を避けて合意で決定する」には、余りにも捕鯨支持国と反捕鯨国の意見の差は大きく、まとまりがつかない状態でした。

日本の提案の問題点 -なぜ日本の提案は拒否されるのか?

日本が行なった発言の矛盾:
日本は提案の中で「モラトリアム(商業捕鯨一時停止)の解除は求めない」としながら同時に「商業捕鯨がなぜ悪いのか。すべての活動は商業性を含んでいる」と強い口調で発言しています。つまり商業捕鯨を推し進めようとするいっぽうで、今回提案した「小型沿岸捕鯨は商業捕鯨ではない」といっているわけで、こうした発言の矛盾が鯨類保護国にさらに日本を警戒させる原因になっていることは確かです。

日本には商業小型捕鯨の市場が存在する:
IWCが捕獲を禁止しているのは大型種の鯨で、ある種のクジラ及びイルカはIWCのモラトリアムの規制を受けていません。このため、日本はIWCで禁止されていない鯨種については、商業的な小型沿岸捕鯨を行なっています。そして、現在、その沿岸小型捕鯨業者と捕鯨船が、日本の調査捕鯨の実務を遂行していて日本の近海でクジラを捕獲しています。いっぽう、ゴンドウクジラを含めたイルカ類は、追い込み猟や、突きん棒猟などで捕獲され、その肉は市場で販売されています。しかし、日本の市場では、捕獲禁止のはずの鯨肉が販売されたり、表示を偽った鯨肉やイルカ肉が売られていたりして、たびたび問題になっています。

拡大する調査捕鯨:
日本の調査捕鯨は1987年に開始されましたが、南極海でのミンククジラ
の捕獲数は最初300頭(±10パーセントの幅をもたせるため、実際には270頭~330頭)でした。調査捕鯨は調査書をIWCに提出するだけで行なうことができ、また、IWCの決議には拘束力も罰則もないことから、日本はIWCが調査捕鯨を中止するように決議しても、その決議を無視して南極海のサンクチュアリで捕鯨を続けて、今日に至っています。また、日本は調査捕鯨の海域を南極海だけでなく北西太平洋や日本沿岸近くにも広げて捕獲数を増やし、鯨種もミンククジラのほかにニタリクジラ、マッコウクジラ、イワシクジラ、ナガスクジラなどを含めるなど大幅に拡大しました。今年からはホエールウォッチングで人気の高いザトウクジラまで捕獲する予定です。

調査捕鯨には、このように上限の捕獲枠が設けられていません。つまり、調査書を提出しておきさえすれば、日本は調査捕鯨の名目で南極海だけでなく、北西太平洋や日本近海でも沿岸小型捕鯨業者を使って、捕獲したいだけの頭数を、同じく調査の名目で捕獲して、その肉を利用できるわけです。日本が調査捕鯨を正当化するために拠りどころとしている国際捕鯨取締条約は、半世紀前に成立したもの(1946年採択、1948年実施、1951年日本加入)で、21世紀を迎えた今日の実情にはまったくそぐわないものです。したがって現行の国際捕鯨取締条約には、異常な拡大化をたどる日本の調査捕鯨を差し止める取り決めは見当たりません。こうして日本はこれまでの18年間(1987年~2005年)の調査捕鯨で約7,000頭のクジラを捕獲してきました(ニュージーランド政府代表の試算)。そして2005年以降の第2期の調査計画では年間1,000頭を超えるクジラを捕獲することとし、その中には、絶滅が危惧されているクジラも含まれています。

日本の提案に対する反論の根拠:
このような背景を理解すると、日本の提案に対してメキシコやアメリカが「すでに調査捕鯨でクジラを捕っているではないか」、「日本が今も捕っている調査捕鯨や混獲による肉を充てればいい」と反論する理由が理解できます。前述したように混獲というのは、捕鯨によってではなく、定置網などにかかって捕獲された鯨類をさしますが、日本政府は2001年から混獲された鯨の肉を利用することを許可しています。つまり、日本はわざわざ今回のような小型沿岸捕鯨の提案をしてIWCの同意を得なくても、調査捕鯨によって実質的に鯨肉を得ることができるわけです。ですから、今回の日本の提案は、鯨肉を地域住民に供給するためではなく、モラトリアム(商業捕鯨一時停止)そのものに風穴を開けようとする提案であると考えられたのです。イギリスなどの反論は、決して的外れな反論ではないといえます。

バロー空港前のメイン通り。
バロー空港前のメイン通り。厳寒地のため、道路を舗装しても壊れて使い物にならない。このため、バローでは道路はどこも舗装されていない。

小型沿岸捕鯨は先住民生存捕鯨とは異なっている:
いっぽう、IWC参加国で、日本の調査捕鯨が本当に科学調査のためのものだと信じている国は、圧倒的に少ないように思われます。今回日本が提案した沿岸小型捕鯨にしても、先住民生存捕鯨にこじつけた商業捕鯨の一環であると受け取られています。石巻市の土井市長の発言は少なくとも鮎川は先住民生存捕鯨とは、まったく違うものであることを証言することになりました。日本がアラスカなどの先住民に相当するとしてあげている太地、和田、鮎川、網走の4基地の気候的及び地理的条件は、例えばアラスカのイヌピアットなどの先住民の住む現地とはまったく異なるものです。

バローの空港近くの民家。
バローの空港近くの民家。裏庭に猟でしとめた獣の毛皮を干してある

アラスカの北端バローの町の気候の厳しさは日本の比ではなく、その地理的孤立化も想像を絶するものです。ノース・スロープ郡の南部は沼地で覆われ、バローに通じる道路がなく、地上を移動してバローへ行き着くことはできません。したがって先住民の生活や経済的状況は日本の住民のものとは著しく異なっています。しかも彼らが行なう捕鯨は、基本的に昔と変わらない捕鯨者の命を懸けた捕鯨です。

 

バローの町のメイン通り。
バローの町のメイン通り。行く手に教会の建物。その右隣りの建物はノース・スロープ郡の庁舎。バローの町には樹木がまったくない。

今年(2007年)6月に、バロー在住のノース・スロープ郡議員C・ユージン・ブラウアー氏に現地でインタビューに応じて頂き、先住民生存捕鯨について話を聞く機会がありました。バローの市長を務めたことがあるブラウアー氏は、現在「バロー捕鯨船長協会」代表で、「アラスカエスキモー捕鯨委員会」及び「捕鯨武器委員会」の議長を務め、名実共に先住民捕鯨のリーダーといえます。彼が7人乗りボートでホッキョククジラ猟をしていたとき、銛を撃ちこんだホッキョククジラが何とか逃れようとして勢いよく海底に沈んだそうです。ボートはその衝撃でクジラに強く引っ張られ、乗っていた3人が北極の氷の海に放り出されました。3人は救命具もつけていなかったそうですが、すかさずボートに助けあげられ、事なきを得たということです。ブラウアー氏は「危険はいつもあり、それを回避して捕鯨を成功に導くことから、船長が尊敬されるのだ」と語っていました。今でも捕鯨者は全員救命具をつけず、近代的なレーダーなどの装備は全く使わずに、セイウチの皮を張ったボート(小舟)で船長の「目」と「知識」だけに頼って捕鯨を行なっているそうで、これが伝統的な先住民生存捕鯨なのだそうです。こうした話からも、日本の小型沿岸捕鯨を先住民生存捕鯨の区分に入れること自体が無理なこと、理に合わないことだといえます。

バロー西北部。
バロー西北部。北極海(この海域はチュクチ海と呼ばれている)に面した昔の捕鯨基地。ホッキョククジラの骨で作られたアーチは観光名物になっている。側の建物の中で、韓国人がレストランを開いている。
旧捕鯨基地建物の内部。
旧捕鯨基地建物の内部。レストランになっている。展示してあるのは捕鯨に使われる道具類。一番上の展示物はホッキョククジラのクジラヒゲ:このヒゲで海水を漉してオキアミなどを採餌する。
今年(2007年)獲れたホッキョククジラの肉。
今年(2007年)獲れたホッキョククジラの肉。クジラの血につけて、戸外に出しておく。6月でも気温が低いので、戸外は冷蔵庫の代わりになる。このまま生で食べる。
ホッキョククジラを仕留める時に使う手銛
カンジキの間にかけてあるのは、ホッキョククジラを仕留める時に使う手銛。
先住民捕鯨で、今年ホッキョククジラを獲ったボートとその海岸。旗を立てて猟を記念している。
先住民捕鯨で、今年ホッキョククジラを獲ったボートとその海岸。旗を立てて猟を記念している。
漂着したホッキョククジラの残骸の一部
バロー岬の先端。黒い塊は、漂着したホッキョククジラの残骸の一部(脂身の塊り)。
バロー岬の先端。見渡す限り氷の海。アメリカ合衆国最北端:北極に一番近い場所。

日本への不信感:
さらに、各国の日本に対する根強い不信感があります。日本がサンクチュアリである南極海で調査と称して捕鯨を続け、その鯨肉が日本市場に出ていること、また、次つぎと調査と称して行なう捕鯨で、日本が捕獲対象種や捕獲数を増やしていること、また、日本の市場で間違った表示や、捕獲を許されていない鯨種の肉が発見されることなどは、各国の不信感を募らせるものであり、また市場で違反行為が見つかることから、日本は鯨肉の販売市場を管理する能力が不足していると見られています。

今回の提案で、日本は衛星を使ったモニタリングやDNA登録を実施し、個別のクジラをすべて識別できるようにして違反が起こらないようにするといっていますが、捕獲違反やラベル表示違反がゾロゾロ出てくる日本の現状を考えれば、日本の市場に信頼をおくことは不可能だといえます。また、日本が多額のODA(政府開発援助)を使って、開発途上国に働きかけ、IWCにおける日本の支持国を増やしていることも問題にされています。これについてはドミニカ国の元環境大臣が日本その他の国々で証言をしているため、周知のこととなっています。

日本の調査捕鯨への不信感:
さらに今回、日本の4基地(太地、和田、鮎川、網走)で特別な捕鯨枠を要求し、その枠が承認されれば、捕獲された捕獲数を調査捕鯨から差し引くとした発言は、調査捕鯨が科学的な捕鯨ではなく、国際捕鯨取締条約の8条を抜け穴として使った実質的な商業捕鯨であることを証明するようなものでした。現在、科学調査は、できる限り少ない数の動物で行なうことが常識になっています。地域に鯨肉を回すために、調査計画に沿って決められる調査動物の数を自由に調整するという発言は、現在日本が行なっている科学調査が、いかにずさんなものであるかを証明するようなものです。

以上のことを考えると、日本がよほど政策を変更しない限り、日本に対する不信感は取り去ることが極めて難しいといえます。当然のことながら、異なった意見は平行線を保ったままで収拾がつかないため、審議は翌日に持ち越されることになりました。

なお、ザトウクジラのウォッチングが盛んなニュージーランドとオーストラリアは南極海で日本がザトウクジラの致死的調査を行なえば、回遊してくるクジラに大きな影響が出るとして、調査捕鯨の捕獲からザトウクジラをはずしてほしいと訴えました。

南極海での調査捕鯨中止の採決

ニュージーランドが日本に調査捕鯨の中止を求める決議案を提出し、各国が意見を述べましたが、前述したように問題とされたのは、日本が行なっている致死的調査で、「いかなる動物でも致死的方法は他に手段がないときのみに行なわれるべき」(ポルトガル)、「日本の調査は7000頭の鯨を殺して、必要なことは何も分かっていない。わが国ではすべての絶滅危惧種には致死的調査はやっていない。」(ニュージーランド)などの反論がありました。日本はこれに対して、「日本は他の調査ではできないことをやっている。ミンククジラを追いまわして糞便をとるなどということは不可能だ。致死的調査と非致死的調査を、よいバランスもってやっている」と反論しました。双方の意見の差は埋めがたく、合意をとりつけることができないため、採決に入り、賛成40、反対2、棄権1、そして、「参加しない」という回答が26で、日本に調査捕鯨の中止を迫る決議案は採択されました。

ニュージーランドは、再度ザトウクジラ(50頭)を調査捕鯨からはずしてほしいと訴えましたが、日本はそれに対して何も答えませんでした。

海上での安全:日本の調査捕鯨(JARPNⅡ)への妨害について

日本政府は映像を使って、鯨類保護団体「シーシェパード」及び「グリーンピース」が南極海での日本の調査捕鯨を妨害したと訴え、そのような妨害活動に対してIWCが毅然とした態度で臨み、万全の措置を講じるべきだと、IWCに同意を求め、船舶の航行の安全性や海洋環境の保護を訴えました。そして、全員一致で日本の主張が認められました。但し、ニュージーランド政府は、グリンピースのエスペランサ号はニュージーランド政府からの要請を受けて日本の調査捕鯨船日新丸の火災事故を救助するために調査捕鯨船に近づいたものであると説明しました。しかし、日本政府は事故災害を受けて動けないでいる調査船に向かってグリンピースは「あざ笑うかのように反捕鯨の宣伝活動をした。これはテロ行為と同様である」と言い募りました。

南極海での火災事故は、環境を汚染して生態系に計り知れない悪影響を及ぼす可能性があることを考えるなら、まず日本は調査捕鯨船の事故を反省すべきで、救助に駆けつけたグリーンピースに感謝の意を表すべきです。自国の火災事故を事故と関係ない保護団体を攻撃する材料に使うとは、あきれたものです。事故当時、上記2団体の船は、日本の調査捕鯨船から、はるか離れたところにいて、事故にはまったく関わりがないことは周知のことです。もちろん、捕鯨に賛成、反対にかかわらず、いかなる活動も非暴力的、平和的、合法的であるべきなのはいうまでもありません。

海洋環境・鯨類の健康
(化学物質による汚染、気候変動による影響など)

科学委員会の報告を受けて、海洋汚染や気候変動が鯨類に与える影響、ソナー(水中音波探知機)を使って行なう軍事演習や地震調査が鯨類に与える影響、温暖化の影響や南極の氷の問題、オキアミへの影響、海上の交通量が増えている問題などが話し合われました。

また、鯨肉の消費によって汚染物質が人間に与える影響についても取り上げられました。特にモナコは、鯨肉のメリットばかりが取り上げられるいっぽうで、水銀、カドミウム、重金属、PCBなどが海洋生物の中に拡大していくことに懸念を示し、殺虫剤、除草剤、トイレに流される薬品が哺乳類の神経系に悪い影響を及ぼしているとして、WHO(世界保健機構)と連携協力することを提案し、「私たちは何かをするべきだ」と訴えました。

ホエールウォッチング:非致死的利用の推進

夕食後も続いたこの夜の最後の議題はホエールウオッチングでした。先ず科学委員会から、ホエールウオッチング活動をモニタリングして(監視して)、規制を実施させる必要があることが告げられました。また、経済的にも急成長を遂げている非致死的利用のホエールウオッチングの重要性が認識されているので、2008年のIWC会議の前に地球規模でワークショップ・運営会中間会議が開かれるという発表がありました。科学委員会の努力に対して各国が次つぎ礼を述べ、自国の意見を述べましたが、ここでも、微妙な意見の違いが見られました。

ラテンアメリカのグループはホエールウオッチングを支持し、先住民生存捕鯨と同様に、全員の同意で海洋保護区の設置を考えていると意見を述べ、非致死的利用を提案、ホエールウオッチングは「恒久的活動としてIWCが関与していくことが重要である」(コスタリカ)「よりよい管理を行なって鯨類の消費レベルと同等に(ホエールウオッチングの)レベルを引き上げるべきだ」(メキシコ)、という意見もだされました。

日本は従来IWCの趣旨に合わないものとしてホエールウオッチングの議題を取り上げることに異議を唱えてきましたが、今年はホエールウオッチングを支持すると発言し、ホエールウオッチングと捕鯨という2つの活動は両立するものであると主張、致死的利用と非致死的利用のバランスをとって、致死的利用に合意するなら、そして決議案でその修正をするなら決議案を受け入れて合意すると発言しました。

しかし、「決議案では非致死的利用のよさを述べているもので、致死的利用を扱っているのではない。日本の言う要求とは別物である」という意見が出されました。また、ブラジルその他の国々から、「13時間という長い時間をかけて慎重に作成したものを修正する余地はない」との意見が出され、モナコがこれに賛意を示して共同提案国になると発言しました。

この辺りから会場の雰囲気は、かなりとげとげしいものに変わり、ホエールウオッチングという非致死的利用に関しても、なんとかクジラを殺すことについての合意を得ておきたいとする日本と、日本に追随している捕鯨国の考えが際立ちました。結局、決議案を投票で決めることになり、賛成42、反対2、棄権2、「不参加」20で、クジラの非致死的利用に関する決議案は採択されました。

会議4日目:最終日:5月31日(木)

重要議題を残したまま最終日を迎えました。会議の会場となった場所は当日午後5時に結婚式の予約が入っているため、それまでに会議を終わらせなければならないとのことでした。そのため午前8時に開会することが決っていましたが、結局、本会議が始まったのは9時30分頃でした。まず、デンマーク領グリーンランドの先住民生存捕鯨についての継続審議が行なわれ、前述したように、捕獲枠を修正した案が採択されました。
IWCの今後の事務的な話し合いについては割愛し、議題の中から重要と思われるものを以下に報告します。

ワシントン条約(CITES)に関連する決議案

イギリスがアルゼンチン、オーストラリア、ベルギー、メキシコ、ドイツ、スペインなど14カ国の支持を受けて提出した案で、IWCとCITESとの関係と協力態勢を確認するための決議案です。

この決議案が提出された背景:
ワシントン条約(絶滅のおそれのある野生動植物の種の国際取引に関する条約:Convention on International Trade in Endangered Species of Wild Fauna and Flora=CITES))は、絶滅の危険がある野生の動植物を護るために1973年に採択された国際条約で、絶滅の危険がある野生の動植物を国と国の間で取引する(輸出入する)ときに守らなければならない規則を定めています。この条約は取引を制限する野生動物をリストにして挙げていて、このリストは付属書と呼ばれています。付属書はⅠ~Ⅲに分かれています。「付属書Ⅰ」は現在すでに絶滅の危険性がある生き物で、商業のための輸出入が禁止されています。付属書Ⅱは付属書Ⅰより、付属書ⅢはⅡより規制が緩やかになっています。日本が調査捕鯨で捕獲しているミンククジラ(但し、西グリーンランドの個体群は付属書Ⅱに属していて条件が整えば輸出入を許されています)、南極海のクロミンククジラ、ニタリクジラ、イワシクジラ、ナガスクジラなどは、付属書Ⅰに挙げられていて、国際的な商取引(輸出入)が禁じられています。CITESの締約国会議が2年に1回開催されて、この付属書の見直しがされています。

付属書Ⅰの鯨類を格下げして、付属書からはずすか、または、付属書ⅡまたはⅢに移すことができれば、鯨を商取引できる可能性が高まります。日本はこれまで締約国会議で大型鯨類を格下げするための見直し提案を行なってきました。これは、IWCで商業捕鯨が認められないため、CITESの付属書でクジラを格下げして商業捕鯨一時停止(モラトリアム)に風穴をあけようとする試みです。もし、本当に鯨への危機がなくなって商取引しても危険でないことになって格下げすることになれば、それは大変喜ばしいことです。しかし、もし危機が去っていないのに、鯨類が付属書で格下げされて、これが政治的あるいは経済的に利用されれば、鯨への危機は増大します。

イギリスが提出した決議案

イギリスが提出した決議案の概要はつぎのようなものです。

「IWCはクジラの資源量の保護と管理ができる国際的な組織であり、IWCの科学委員会は継続的にすべてのクジラの資源量を調査して、世界中のクジラ資源量の主要な情報源となっている。1986年から商業捕鯨が一時停止になっているが、それは今でも有効であり、その理由も変わっていない。鯨製品の取引についてはCITESとIWCが協力して、CITES及びIWCの取り決めを各国に支持するように促すものとする。また、鯨肉や鯨製品には十分な国際的監視や規制がないことから、CITESとIWCが協力して鯨製品の国際取引の規制と管理を行ない、クジラの資源量の保全を続けていく。また、CITESがその規制を緩めることはモラトリアム(商業捕鯨一時停止)に重大な悪影響を及ぼす可能性があり、クジラへの脅威を増すことになる。モラトリアムがある限り鯨類をCITESの付属書Ⅰから格下げしないことを勧める」というものです。

日本は現在、付属書Ⅰ掲載種のうちクジラ7種(マッコウクジラ、ツチクジラ、ニタリクジラ、ミンククジラ2種、イワシクジラ、ナガスクジラ)について持続的利用が可能なだけの資源量があるとして留保しています。留保を付した場合、その種については締約国としては扱われず、非締約国と取引を行なうことができることになっています。

イギリス提案の決議案について、日本は「付属書Ⅰは科学的な条件を充たしていない」と述べ、「もし科学的に持続可能なら反捕鯨国は商業捕鯨を受け入れるのか?もし受け入れないというのであれば、こうした提案はするべきでない」と反論しました。「CITESに対してIWCがああだこうだというべきではない」(アイスランド)「IWCとCITESで情報交換をしたらどうか。互いの決定に介入すべきでない」(マリ)という意見も出されました。

時間がないという理由で発言国が制限され、一通り賛否両論の意見が出揃ったところで投票が行なわれ、賛成37、反対4、棄権4、「不参加」26で、この決議案は採択されました。

IWC後日談:CITES締約国会議での決定

IWC会議の後、オランダのハーグで171カ国が参加してCITES締約国会議が開かれ、日本、アイスランドなど捕鯨推進国が鯨製品の国際的商取引の規制緩和を試みましたが、否決されました。

白熱した議論の後、オーストラリアの決議案が採択され、IWCが商業捕鯨を禁止している限り、CITESではクジラの種の見直しをしないことが決りました。これはモラトリアムが有効である限り、CITESが行なっている定期的な見直しがクジラについては行なわれない、つまり、付属書Ⅰから格下げされることはないということです。この決定によって、国際的な共同体がクジラの保護を望んでいることがはっきりしたと解釈されています。

IWC科学委員会報告:絶滅したクジラ、絶滅の危機に瀕しているクジラ

科学委員会から、生存状況が心配されていた中国のヨウスコウカワイルカ(バイジー)が絶滅したという報告がありました。主な原因は、環境(生息地)の劣化と漁具(漁網)にからまる事故と思われるとのことです。また、メキシコのカリフォルニア湾だけに生息しているコガラシネズミイルカ(バキータ)が、現在、バイジーと同様の危機を迎えており、すぐに対応しないと絶滅の恐れがあると報告されました。危機に瀕しているバキータに保護策を講じる決議が「合意」で行なわれました。

科学委員会は小型鯨類に対する勧告を行ないましたが、その中で、日本のイシイルカ猟について懸念を述べ、オホーツク海南部や日本海のイシイルカとリクゼンイルカの資源量を早急に調査し、持続可能な捕獲枠に減じるよう勧告しました。また、イルカ類の状況について完全な評価が出されるまでは展示用の捕獲(生け捕り)についても捕獲を認めないように勧告しました。いっぽうイギリスは、イシイルカの突きん棒猟について、日本政府に捕獲中止を求めました。

イシイルカ及びリクゼンイルカは、北海道、青森県、岩手県、宮城県で捕獲されています。生息数が減少していることから、今年度(2007年度)の捕獲枠は例年の捕獲枠より減らされましたが、それでも捕獲枠数はイシイルカ8,707頭、リクゼンイルカ8,168頭で、年間の捕獲枠数は総計16,875頭に上ります。

日本の沿岸小型捕鯨に関する提案の再討議

ホガース議長は、継続審議になったままの日本の提案について討議に入ってはどうかと日本に何度か促す言葉をかけましたが、日本政府の代表である森下漁業交渉官は、その度に「急いでいないので後でいいです」と答えて、審議を引き延ばしてきました。そして、とうとう最終日の最終時に、日本の小型沿岸捕鯨提案が再討議されました。

日本は「小型沿岸捕鯨についての提出案は、科学委員会がミンククジラの捕獲枠をはっきりさせるまでの暫定的なものとする。沿岸地域の救済を考えてほしい」と改めて要望し、それに対して賛否の意見が出されました。しかし、意見の違いは埋めようもなく、合意で日本の提案を採択することは、誰が見ても不可能でした。森下漁業交渉官は、IWCを分断させる投票での決議は望まないとし、「もう他に解決法は思いつかない」と述べて、マイクを同席の中前明水産庁次長に渡しました。

中前水産庁次長はすでに用意されてあった文書を、日本政府を代表して、怒りをあらわにしながら読み上げました。かなり長いものですが、要約すると次のようなものでした。

「IWC会議は両極化した議論の対立によって本来の役割を果たせなくなっている。今回のIWCアンカレッジ会合は、こうした会合を立て直す最後の機会だった。しかし、IWCは、またもわが国の控えめかつ正当な沿岸小型地域捕鯨の提案を否定した。わが国の提案に反対した加盟国はIWCを崩壊に向かわせ、ダブルスタンダードを公然と容認したことで糾弾されるべきだ。特にアメリカは自国の先住民生存捕鯨に商業性があるにもかかわらず、それを支持し、日本の沿岸小型地域捕鯨の提案を認めなかった。このことは、利己的なダブルスタンダードである。それがしかるべき代償を伴うことを理解すべきである。

日本はIWCの将来のために最大限の妥協の精神で、両極化した対立を緩和し、IWCを正常化しようと努めたが果たせなかった。日本の忍耐にも限界が見えている。IWCに対する対応を根本的に見直す可能性があることを明確にする。それは、1)IWCからの脱退、2)新機関の設立、3)沿岸での小型捕鯨の自主的再開の3点である。中でも国連海洋法にも合致するIWCに代わる鯨類資源保存管理機関設立のための準備会合の開催に、大きな関心をもっている。わが国はこれからも科学的根拠と法律に従い、鯨類を例外とせず、すべての海洋生物資源を持続的に保存利用していく基本方針を堅持し、この基本方針を支持するすべての関係国とこれまで同様に対話し協力していく。」

続いて2009年のIWC会議の開催国を決めることになりました。ポルトガルがすでに立候補しており、さらに日本の横浜市(神奈川県)が立候補して中田宏市長がIWC会議に参加し、会議のあいだ市長に同行したスタッフが横浜を紹介する絵葉書や子どものおもちゃやボールペンなどを参加者に配布して、盛んに宣伝活動をしていました。しかし、中前水産庁次長の怒りの発言の後、横浜市は、「このような事態ではIWC会議を招致できない」として立候補を取り下げました。こうして2007年のIWC会議は、「協調及び妥協の精神」とは程遠い、後味の悪さを残して閉会となりました。

日本政府が必死に演じたIWC正常化のシナリオ

IWC閉会後のインタビューで森下漁業交渉官は、「2年後のIWC会場立候補として予定していた横浜に降りてもらったことも、今回のわれわれの態度の真剣さを示し、重みを持って受け止められたはずです」と述べました。

私は日本のとった行動と発言の流れを追ってみて、日本は、前もって準備していたシナリオに沿って事を進め、クジラを巡る茶番劇をまじめに演じたという印象を持ちました。先ず開会当初からIWCの「正常化」を掲げ、「妥協の精神」を訴えて先住民生存捕鯨に賛意を表し、日本の提案した小型沿岸捕鯨を認めさせるお膳立てをしました。そして、日本の提案に合意が得られそうもないことがはっきりすると、日本の提案を受け入れることなしにIWCを正常化させることはできないと強調しました。日本の言うIWCの正常化とは、日本の提案する小型沿岸捕鯨を飲むことだったわけです。日本政府は、その要望を通させることで、同時にモラトリアム(商業捕鯨一時停止)に風穴を開けようとしていたと考えられます。

しかし、今年IWCに参加した反捕鯨国は、捕鯨推進国の数を上回っていることが、討議の途中ではっきりしました。どこの国でも事前の票読みをしているようですから、たぶんIWC会議参加前にそれは分かっていたのだと思います。つまり、日本の提案が受け入れられないだろうことは、すでに想像がついたはずです。また、日本政府がうっかりしたのか、それとも故意に認めたのかは不明ですが、前述したように、石巻市長の発言は、日本提案の沿岸小型捕鯨がアラスカなどの先住民生存捕鯨とは異なるものであることを証言することになりました。さらに、科学的な調査捕鯨から地域捕鯨による捕獲数を差し引くという発言も、調査捕鯨のいいかげんさを披露することになりました。日本が本当に今回の提案をこれまでで一番よい案だと思っていたのかどうか、日本の真意は分かりませんが、うがった見方をすれば、日本政府は日本の提案を否定させる要素を出し、そのための対策をたてていたとも考えられます。つまり、「日本は忍耐をもって努力に努力を重ねたが、反捕鯨国の理不尽なダブルスタンダード、つまりいっぽうで先住民生存捕鯨を認め、日本だけにはそれを認めないという二重の基準によって、日本の沿岸小型捕鯨は不当にも否定された。IWCは正常に機能していない」というシナリオです。

このシナリオがあれば、IWCで成果をあげないで帰国しても、日本で沿岸地域の住民に恨まれるのは政府代表ではなく反捕鯨国であり、政府の施策の失敗も咎められないですみます。また、マスコミにもたたかれないですむでしょう。そして、IWCを不当なものであると断定することで、IWCから脱退する準備もできたわけです。ばら撒いたODAの力で味方につけた国々を動かせば、別の機関を作ることは、さほど難しいことではありません。IWCに脱退の脅しをかけ、この先日本が行なう選択を受け入れやすいように準備したともいえます。日本はこれまでにも何度もIWCから脱退するといっていますが、今回のアンカレッジ会合で、脱退の理由付けもしっかりできたわけです。

こうしたシナリオに最大の効果を持たせるには、会の途中ではなく、会の最終部でシナリオ通りに演じることが必要だったというわけです。議長に促されても討議の時期を先延ばしにし、効果を狙ったという見方もできます。日本政府は、重要事項であった沿岸小型捕鯨への同意は得られませんでしたが、それを梃に、将来に向けて先の道のお膳立てをしたといえます。また、日本のマスコミはほとんど政府の思惑通りの報道を行なって、日本が不当な扱いを受けたという論調でした。

日本はこれからどうするのか:IWC今後の見通し

日本がIWCから脱退するという発表は、海外では日本が考えるほどの話題にはなりませんでした。国内では、日本がIWCから脱退して新しい機関を作るかもしれないということが、あちこちで取り上げられましたが、海外のNGOが出したIWCのレポートでは、このニュースは割愛され、日本の沿岸捕鯨は認められなかったと、さらりと述べているだけです。日本政府はこれまで何度もIWC脱退の脅しをかけているので、まともに取り上げられなかったともいえます。

では、日本はどうするのか?

日本政府は、森下漁業交渉官がいう「これまで緊密に連絡を取り合ってきた」という国々、言い換えればODAをばら撒いてきた国々と先のことを打ち合わせ、時期を見てIWC脱退を実現するための準備にかかるのではないかと思われます。但し、IWCを脱退しても、日本の財源となっている南極海の調査捕鯨が間違いなくできるという見通しが立たない限り、思い切った行動をとることは難しいといえます。いずれにしても、今後、日本政府は現行のIWCの運営に対して、対抗する姿勢を強化させる可能性は高いでしょう。森下漁業交渉官はインタビューの質問に答えて「新たな方向についてやっと動き出した」と語っています。

日本政府のいうIWC「正常化」の怪:日本の現状分析

日本がとった「参加しません」戦術
前に述べたことですが、今回日本が掲げたIWCの「正常化」は、結局、日本の提案した沿岸小型捕鯨を認めることを指していたわけです。また、「妥協の精神」を持って「対立を防ぐ」ことがIWCの正常化につながるとして、日本が会期中にとった言動は、かなり的外れなものに思えます。

前に述べた投票の結果報告で、「不参加」があったことに、不思議な感じをもたれた方もあったことと思います。従来、投票への回答は、賛成、反対、棄権の3項目でした。日本政府は、対立をさけるためと称して、投票時に、「参加しません」と回答し、日本に追随していると思われる国々がこれに見習ったといえます。「不参加」という回答は、これまでにない回答です。対立して「反対」を唱えることは、IWC会議を分裂させ、正常化の妨げになるから、抗議の意味を込めて「不参加」と回答したと、日本政府は説明しています。しかし、IWCの会議に出席して、自国の意見を述べて論を戦わせ、その挙句が「参加しません」では、会議そのものを馬鹿にしているとしか思えません。言うまでもなく、投票は、賛成、反対をはっきりさせ、どちらか判断がつかないとき、または、どちらかに決めかねるときにのみ棄権の回答が出てくるわけで、それを無視して、「参加しません」ということで、対立を避けられるはずもありません。そもそも対立を避けるため、全員が賛成でなければ協調が保てないというのもおかしな話です。もし反対なら、堂々と反対を表明してこそ、会議を開く意義があるわけで、「不参加」投票などというものは会議のルールを考えないやり方であり、すでに会議を崩壊させているといってもよいものです。日本がとったこの不可解な投票時の「不参加」表明は、私の知る限り、日本ではまったくメディアによって報道されませんでした。

日本の商業捕鯨への見通し

日本の調査捕鯨は、捕獲した鯨肉からの収益と国民の支払った税金でまかなわれています。現在、調査捕鯨を担当する日本鯨類研究所には、調査捕鯨と目視調査をあわせて毎年10億円近い国庫補助が投入されているといわれています。(「日本はなぜ世界で一番クジラを殺すのか」星川淳著 幻冬舎新書2007年)

もし調査捕鯨が中止されれば、それにかかわる組織や企業は存続の危機を迎えます。企業を存続させるためには、中止だけは避けたいというのが実状だと思います。また、こうした企業や組織は、これまで得た既得権を手放したくないということもあるでしょう。

いっぽう、こうして得た鯨肉は、政府自らが努力して販路を求めても、在庫が残り続けています。実際、鯨肉の消費量は微々たるものです。鯨・イルカ肉の消費割合は、日本貿易振興会の資料統計による試算では、豚肉の1%、禽獣類(牛豚鶏肉)の消費量の0.5パーセントにも満たないものです。こうしたことは、すでに鯨肉食が日本になくてはならない食文化を代表するものではないことをはっきりと示しています。

日本は商業捕鯨再開に向けて全力をあげて努力しているといっています。しかし、現実的に商業捕鯨再開の道は、いまのところ閉ざされたままです。IWC会議で出席国の75パーセントの同意を得ることは、現状では不可能に近いからです。しかし、仮に商業捕鯨を認めさせることができたとしても、南極海まで出かけて捕鯨を行なう会社、あるいは地域社会があるでしょうか。販路が確定しないのに、遠路はるばる石油を使って危険を冒して猟ができるのは、税金の使用を許されて赤字を補償されている政府機関だけでしょう。

また、沿岸捕鯨が地域住民の悲願であるという政府の主張も、かなり怪しいものだといえます。捕鯨基地のメッカともいうべき和歌山県の太地町議会議員は、現在公開しているブログ「美熊野政経塾」の中で、次のように述べています。

『……今年のIWC会議を考えてみてください。今回の日本の主張は「日本の沿岸捕鯨は先住民捕鯨と同じようなもので鯨が獲れないからその地域の人たちは困っている。消費もその地域に限るから認めてほしい」ということでした。しかし太地から鯨肉を輸出しようとした事は、それを根底から覆してしまうものではないでしょうか?輸出を許可すればIWC会議での主張に矛盾が生じるため水産庁が輸出を止めたのではないでしょうか。

このような行為を見てもIWC会議において太地町などの沿岸捕鯨基地が「鯨が獲れなくて困っているんだ」というウソがわかると思います。なくてはならない鯨肉を外国にまで輸出しようとしているのですから少なくとも太地町の多くの住民は鯨肉がなくても困っていないといえるのです』(7月14日(土)「汚染の可能性のある鯨肉を輸出か?」)

以上は、「太地町の民間企業が中国へゴンドウクジラの肉の輸出を試みて、申請書に不備があったため申請書を差し戻された。しかし、その後、申請はされなかった」ということについて言及したものです。

以上を考慮に入れ、さらに、鯨肉の販路を拡張する努力までしなければ鯨肉の在庫を減らすことができないとすると、日本政府が国民のためではなく、関連組織や企業の存続のために押し進めようとしている南極海の商業捕鯨にも、地域社会の商業捕鯨にも明るい見通しは見えてきません。

さらに、鯨肉の水銀汚染問題、有害物質による汚染問題は、日本政府が鯨肉やイルカ肉を普及させる大きな障害になっています。まだ一般に広く知られていませんが、もし汚染の事実が広く知識として普及すれば、たとえ商業捕鯨が再開される日がきたとしても、採算が合う産業にするのは、かなり難しいといえます。

水銀汚染問題への画期的な警告

ゴンドウクジラの尾身。
今年(2007年)7月の検査で、規制値を大幅に上回る水銀、メチル水銀、PCBが含まれていたゴンドウクジラの尾身。和歌山県太地町の漁協スーパーが販売した地元産。

これまで政治に携わる公人が、鯨・イルカ肉の汚染について警告を発した例はありません。しかし捕鯨の町として日本で一番知られている太地町の太地町議会議員が、ゴンドウクジラの肉が学校給食に使われたことを受けて、ゴンドウクジラの肉の汚染を調査し、画期的な警告を出しました。町議会議員が明らかにした分析結果によると、ゴンドウクジラの肉には、日本の厚生労働省が定めた暫定規制値を大幅に上回る総水銀(規制値の10~16倍)、メチル水銀(規制値の10~12倍)が含まれていました。また、最も新しいものとしては、2007年7月17日のゴンドウクジラの尾身の検査の分析結果があります。この分析結果は、さらに汚染度が高く出ているそうです。太地町議会議員は、こうした汚染肉を「有害廃棄物」とみなしています。現在、このような汚染肉を児童に学校給食で強制的に食べさせることへの批判が地元でも高まっています。クジラの町太地で起きたこの告発が、今後の捕鯨への大きな警告となることは確かです。

日本沿岸で捕獲される鯨やイルカの肉がかなり汚染されていることは水産庁も厚生労働省も認めています。この認識が一般の人々に広まれば、鯨・イルカ肉の需要は、さらに減少し、商業捕鯨再開への道は、結局は、健康への危機意識によって閉ざされるか、または、その規模を大幅に縮小することになると思います。日本政府は、今後、汚染の少ない南極海の鯨肉を手にいれるために、南極海での調査捕鯨の既得権を護りつつ、捕鯨問題に取り組むことが予想されます。

終わりに

日本ではIWCへの関心は、一般にかなり低いといえます。会議の間も、IWCが話題になることはほとんどありません。いっぽう、会議の開催現地では、日本政府が、こまめに記者会見を開いて、報道陣に政府の見解を伝えています。このため、報道陣がよほど自分の目で見る努力をしない限り、政府からの情報がそのまま流されることになります。日本でなされる多くの報道は、日本政府の目を通しての報道です。ここに記した報告は、私が開催期間中、自分の目で見た通りを記述したものです。

なお、私は、多くの国がサンクチュアリ(クジラ保護海域)に定めて鯨類を保護している公海へ出かけていって、絶滅危惧種に指定されているクジラを殺して調査することには、反対です。また、地球温暖化、気候変動が大問題になっているときに、まともにその影響を受けて生存を脅かされる海の生物を保全することは当然のことであり、海洋汚染、激化をたどる海上交通量、鯨類と船舶との衝突、鯨類の生存に深く関係する超音波による探査など、人間の活動が原因で生じる野生動物への脅威を考えるとき、その保全は予防原則に則ったものであるべきだと考えています。そして、基本的にこうしたことを踏まえて、日本政府が今後、捕鯨問題を考え、対処することを望んでいます。

また、捕鯨は日本の「伝統文化」だからやめるわけにはいかないという意見もよく耳にします。しかし、どんな伝統文化であれ、もしそれが人権無視、種の存続への危機、命への冒涜ともいえる搾取を伴うような前時代的なものとなった場合には、継承の方法を変えて護っていくことを考えるべきだと思います。以前は世界の海でクジラを捕りまくって、さまざまな鯨種を絶滅まぎわにまで追い込んだものの、今は反捕鯨国となった欧米の先進諸国の中には、捕鯨の伝統を博物館経営や野生生物と共存する教育活動に切り替えて、経済的に潤っている国々があり、その顕著な例として、ハワイのマウイ島の捕鯨博物館とホエールウオッチング活動が挙げられます。
かつては欧米同様に乱獲捕鯨に走ったものの、日本は今や経済的には欧米先進国と肩を並べています。それを、未だに北極圏の先住民捕鯨と同等の立場にあるかのような主張を繰り返して捕鯨推進に固執するのは誠に見苦しいばかりでなく、世界の中での自国の立場を見誤っているものとしか言いようがありません。この際、わが国の捕鯨を、アメリカがハワイのマウイ島で展開しているような形態での博物館経営と教育活動によるものに切り替え、今後の国策にすることを真剣に検討することを望みます。鮎川や太地には、すでにその下地があることですし、日本の各地に散在するホエールウオッチング基地とそれを護り育てているNGOと連携する活動を核にして、海外と同様の施設や教育活動を展開することは、不可能なことではありません。

最後に、国民の支払った税金が毎年、10億円も、論争の多い「調査捕鯨」に関連して使われていることは、かなり問題だと考えます。

今回、IWC会議終了後に先住民生存捕鯨を承認されたアラスカ極北の町バローを訪ね、イヌピアットの人びとの生活を垣間見る機会がありました。初夏とはいえ海は一面の氷で覆われ、肌を突き刺す冷たい風が吹く町、すべての物資が空路で運び込まれる町での生活は、日本とはかなりかけ離れたものでした。

再びアンカレッジに戻ると、会議中は蕾だけだった大木が真っ白な花で覆われ、公園には色とりどりの花が咲き乱れ、町の彩りが一挙に華やいで、観光客の姿がかなり増えていました。相変わらず、本屋には先住民関係の特設コーナーが残っていましたが、客の姿は見当たりませんでした。町は、IWC会議のときと同様に穏やかで、町のなかに警察の車は見当たらず、警官の姿もまったくありませんでした。

株式会社STEP月刊「つくとも」第51号掲載
「つくとも」ホームページ:http://www4.ocn.ne.jp/~step90/h_tu.htm

株式会社STEP(代表取締役:竹島茂氏)は、つくば市を地方の個性を豊かに生かした町にするために1985年から出版活動を行ない、今日に至っています。自然環境の悪化をくい止めるための活動の紹介や、地元の研究者による啓蒙書など、多くの出版物を世に送り出してきました。

この度、本会の会員がSTEPの特派員としてIWC会議に参加して、取材報告記事を書きました。

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文:STEP、辺見 栄  写真:ENC

2005年のIWCレポートはこちらをご覧下さい。