利島の野生イルカをまもろう!


利島の野生イルカをまもろう! 利島ドルフィンプロジェクトの紹介

利島の桟橋から見た利島全景

利島は、東京都の南東140キロほどのところにある小さな島です。島の中央に、標高508メートルの宮塚山(みやつかやま)がそびえ、島全体が円錐形に近い形をしています。島の外周は約8キロメートル。唯一の港である利島港は、島の北側に位置しています。山すそが北側に向かって緩やかに伸び、人口300人ほどの村落は、その斜面にかたまっています。

集落や島の斜面の段々畑には約20万本の椿が植えられています。島の80%が椿に覆われているため、冬になると、島全体が椿の花で赤く染まります。椿油はこの島の特産品で、利島は、全国の椿油の60%を生産しています。また、島の周辺には、イセエビやサザエなど、海産物の豊かな漁場が広がっています。

このように、のどかで、豊かな自然に恵まれた島の海に、1頭の野生のイルカが棲みつきました。今から17年前の1995年のことです。そのイルカは、海中に潜ってイセエビやサザエをとっていた漁師の森山宏司さんに自分から近づいて、森山さんと仲良くなりました。そして、徐々に島の人たちと一緒に泳いで交流するようになりました。イルカは普通、群れを作って生活しますが、そのイルカは、群れから離れて1頭だけで生活しているイルカでした。そうしたイルカは「離れイルカ」とか「ハーミットドルフィン」とか呼ばれています。島の人たちは、みんな、そのイルカは雄イルカだと思っていました。ところが、1998年に、そのイルカが赤ちゃんを産みました。

このことがきっかけになって、利島村は、イルカを保護するために、村長が代表になって、「利島ドルフィンプロジェクト」を立ち上げ、全国からイルカの名前を公募して、母イルカを「ココ」、赤ちゃんイルカを「ピコ」と名づけ、イルカの母子を利島の特別住民台帳に登録しました。これは、日本で初めての試みでした。本会がこの話をハワイで行なわれた国際的なイルカ・クジラ会議で報告したところ、大きな反響を呼び、各国から集まった会議の参加者一同から、各自がコメントを書き込んで署名した感謝状が、当時の富田晋作村長に贈られました。利島の対応が絶賛されただけでなく、ココ、ピコは一躍、世界の「有名イルカ」の仲間入りをしたのでした。

ココとピコ

母イルカ「ココ」と、子どもの「ピコ」

その後、1999年の夏に、ココが、ピコを連れて利島の近くの無人島「鵜渡根島(うどねしま)」へ移動し、鵜渡根島周辺で、ココとピコの姿が見られるようになりました。一方、ココとピコを快く思わない人もいて、母子イルカ捕獲のうわさや、暗殺未遂のうわさが流れたりしました。そして、2007年7月以降、ピコの姿が見えなくなりました。利島ドルフィンプロジェクトのコンサルタントであるアメリカのHSI(国際人道協会)のナオミ・ローズ博士は、「もしピコが雄のイルカなら、母親から独立して、今でも生きている可能性が高い」と言っていますが、ピコはメスのイルカでした。ピコがどうなったのかは、今もって不明です。母イルカのココは、その後も鵜渡根島周辺に棲み続けましたが、以前のように人間と遊ばなくなりました。

鵜渡根島周辺

ココがピコを育てた鵜渡根島周辺の海域

そして、2011年9月、思いがけないことが起きました。ココが12年ぶりに利島に帰ってきたのです。「利島ドルフィンプロジェクト」の利島在住メンバーによると、ココは、ココの不在中に利島に棲みついたイルカの群れを率いているそうです。

現在、「利島ドルフィンプロジェクト」は、利島在住メンバーと東京事務所のメンバー(サークリット及びエルザ自然保護の会)が一致協力して、利島周辺をすみかにしているイルカを守る活動を行なっています。2011年の時点で、10頭余りのイルカが利島周辺の海域で子どもを産み、今では、利島のイルカは16頭になっています。このイルカたちを守るために、利島では、ドルフィンスイム&ウォッチングプログラムに厳しい規制を設け、チーフリサーチャーの高輪奈々さんが、ドルフィンスイム&ウォッチングプログラムを実際に行なっている藤井雅彦さん、笹原史雄さんと協力して、利島のイルカの調査を続けています。

東京事務所では、メンバーが保護活動のアドバイザー役を引き受け、国内外向けの広報活動を行なっています。これまでに、利島ドルフィンプロジェクトのホームページを作り、国際的な要請に応えてDVD「利島のイルカを守ろう!」(英語版)を制作しましたが、さらに日本語版も、完成しました。

利島ドルフィンプロジェクトの代表である梅田和久村長は、「イルカの保護と観光の両立が課題ですが、今後、どう進めていったらよいのか、他の島とも協力して、共に頑張っていきたい」と語っています。野生のイルカの住まいは海そのもので、どこに棲みつくかは自由です。従って、利島周辺のイルカを、利島だけで守ることはできません。利島をはじめ、伊豆諸島に棲むイルカを守るためには、伊豆諸島の人々の協力、そして、そこを訪れる全ての人々の協力が必要です。従って、梅田村長の発言は、まさに的を得ていると言えます。

なお、利島周辺のイルカたちは、御蔵島周辺に生息していたイルカだということが分かっています。母イルカのココは、御蔵島では、体の側面の丸い傷の配置から、「カシオペア」と名付けられていたそうです。なぜココが群れを離れて利島に移動したのかは不明ですが、ココの履歴が分かるのは、御蔵島の「バンドウイルカ研究会」が、時間と資金を使って、地道な個体識別を続けていたおかげだと言えます。離れイルカの出身が分かった例は、世界でも大変珍しいということです。

本稿では、利島周辺のイルカを利島のイルカと呼びましたが、前述のように、イルカには国境もなければ、「~~県人」的な区別もありません。たまたま利島周辺に移り棲んだイルカたちは、利島のイルカであると同時に、御蔵島のイルカであり、伊豆諸島のイルカであり、日本のイルカ、そして世界のイルカでもあります。まずは、日本の私たちみんなで、日本の首都、東京の海域に棲むイルカたちを守っていけたらと思います■

利島イルカプロジェクトの詳細については、下記のホームページ参照:
利島ドルフィンプロジェクト Facebookページ
利島ドルフィンプロジェクト 公式サイト
サークリット「イルカのページ」

参照記事:本会会報84号、88号