「クジラ牧場」計画!?


和歌山県太地町が発表した「クジラ牧場」・「海のサファリパーク」計画には、さまざまな問題があります。「歴史」、「文化」、「伝統」、「イルカやクジラとの共存」などの謳い文句の陰に見え隠れするのは、時代に逆流する野生動物の搾取。

今後の動向を見守りつつ、早急に対応していく必要があります。
以下に、この計画の現状と問題点を記します。

和歌山県太地町の計画:
森浦湾を「クジラ牧場」・「海のサファリパーク」に!?

太地町森浦湾

太地町森浦湾

和歌山県太地町の北西部にある森浦湾の一部を網で仕切って、クジラ牧場、または、海のサファリパークにしようという構想が浮上しています。太地町の町長は、以前から、シャチ(オルカ)の群れを丸ごと捕獲して、森浦湾で飼育したいと発言していましたが、この「クジラ牧場」構想は、その延長線上にあるものです。

すでに「鯨の海構想検討委員会」が具体化に向けて、2010年から検討を始め、太地町区長会、太地町漁協、太地町役場、PTA、青年会、婦人会からなる「太地町くじらと自然公園のまち(町)づくり協議会」が実際に事業内容を検討し始めたということです。これを、水産庁が支援し、「ランドブレイン株式会社」という民間会社が水産庁の委託を受けて、この事業を後方支援しています。事業は、3~5年をかけて実施を目指すということで、まだ、具体的なことは決まっていないそうです。

太地町は、日本政府によってイルカの追い込み猟を許可されているため、野生のイルカやゴンドウなどを捕獲して、森浦湾に補充していくことについては、法的には問題がなく、捕獲枠を守って、学術研究のためという口実を使えば、欲しいだけイルカ類を入手できます。

森浦湾地図現在公にされている企画は、観光客誘致と、鯨類の学術的研究です。観光客が、調教したイルカと湾内を泳いだり、シーカヤックで湾内を回遊したりして、「自然の中」でクジラやイルカと触れ合って楽しめるようにするそうです。また、湾内に囲ったイルカやクジラで学術的な研究も行ない、国内外の研究者に研究の場を開放し、さらに、湾内で鯨類の繁殖にも取り組むということです。

「鯨の海構想検討委員会」に参加している大隅清治氏(太地町立くじらの博物館名誉館長で、日本鯨類研究所顧問)は、イルカだけではなく、クジラにも目を向け、「理想的には、森浦湾がクジラで満たされ、訪れる人が魅せられるようになることだ」と述べています。そして、「森浦湾で、世界に例のないヒゲクジラ類の飼育を行ない、体験学習的なものを組み合わせた「鯨学」を学生などに提供し、海のサファリパークを創る。そして、将来的には、クジラの家畜化のスタートラインになるような施設が望ましい」と提案しています。

「クジラ牧場」がどの位の広さのものになるのかについては、読売新聞が約40,000平方メートル、朝日新聞が28ヘクタール(約280,000平方メートル)と報じています。かなりの違いがあるので、太地町役場に問い合わせてみると、「まだ何も具体化していないので、実際には分からない。なぜ広さが報道されたのかについても、分からない」という返事です。さらに、森浦湾そのものの広さについても、調査していないので、分からないといいます。

構想を立てる際に、施設をどの位の広さにするか、という基本的な知識は必要ないということなのでしょうか?構想をたてて、事業内容を検討する段階で、森浦湾の面積や水深が分からないだけでなく、森浦湾の生態的な環境も分かっていないのです。これは、分かりやすく言いかえれば、家を建てる場所の検討もしないで家を建築すると公言して、家の広さも決めないで家具を買う算段をしているようなものです。しっかりした構想を立て、事業内容を検討するには、まず、森浦湾やそこに棲む生物について生態的な調査をじっくり行なったうえで、この事業のメリット、デメリットを明らかにする必要があるでしょう。太地町議員のブログ「美熊野政経塾」によれば、「鯨の海構想検討委員会」は、2010年6月から開かれています。すでに2年が経過しているというのに、基本的なことが、まったく手つかずのままになっています。

朝日新聞が報道したように、仮に28ヘクタールの施設を森浦湾に作るとすると、これは東京ドームの約6倍、甲子園のグラウンドの広さの21.5倍に当たります。この数字だけみると、広いという印象を受けるかもしれません。しかし、野生のハンドウイルカの行動圏は、100平方キロメートル以上だと言われています。これは、東京ドームの約2,139倍以上、甲子園のグラウンドの広さと比較すれば、7,692倍以上ということです。森浦湾の施設は、閉じ込められたイルカにとっては、けっして十分な広さとは言えません。

太地町森浦湾

また、「自然の中」でイルカ類と触れ合うという謳い文句にも、疑問があります。湾は、網で仕切られ、イルカ類が外へ出られないようにすることになっているのです。つまり、これは、人間がイルカを囲って管理する施設であり、基本的には水族館施設と違わないものです。しかも、収容されるイルカ類は、追い込み猟で捕獲されたもので、調教して芸を仕込んであるイルカです。環境も、イルカそのものも、「自然」とは言えない偽物です。水族館の水槽より広いからと、大隅氏が言うように、湾を満たすほどのイルカやクジラ類を湾内に放てば、収容動物へのストレスは、想像以上に強まるでしょう。また、「森浦湾を満たすほどのイルカやクジラ」となれば、その数も相当数になるはずです。すべてを調教して収容することは無理でしょうから、野生のイルカも、調教したイルカも、そして、ミンククジラまでも、森浦湾に放り込んで、レジャーと学術研究用に利用することになるのでしょうか?

同じ場所で、レジャーと学術研究が両立できるとは思えません。さらに、建設費も、施設の維持費も、途方もない額になるはずです。どう考えても、構想そのものに無理があります。

まだ構想段階なので、この時点で一つ一つの問題に対応するのは、無意味ですが、これまでの案を知った上で、次のことだけは、はっきりさせておきたいと思います。

森浦湾を仕切って作る「クジラ牧場」あるいは「海のサファリパーク」は、人工的な施設であり、自然の中で、野生のイルカやクジラを見ることができる施設ではないこと。水族館など人工的な施設で管理されているイルカは、もはや野生のイルカとは言えないこと。

湾そのものが生簀(いけす)になるのか、または、一部を仕切って生簀にするのかは不明ですが、いずれにしても、その広さは、野生のイルカやクジラに十分なものとは言えないこと。

さらに、以下のような難題が山積していること。

森浦湾の入口を430メートルの網で仕切って生簀を作ると言われています。しかし、こうした生簀を維持していくのは、大変難しいことです。網に絡みついた海藻その他の付着物を除去するために、途方もない人材と費用が必要になります。このことは、水族館で飼われていたケイコという名前のオルカを故郷の海へ帰そうとした時の例を見れば、明らかです。1998年9月に、ケイコは米オレゴン州の水族館から、アイスランドのヘイマエイ島の湾内に移送されました。ケイコはまず湾内の生簀に入れられ、北の海に慣れると、湾内を自由に泳ぎまわれるように湾の入口が網で仕切られました。その時の仕切り網は、260メートルでした。ところが、この網のメンテナンスが費用の上でも、労働量でも、大変な仕事だったといいます。太地町は430メートルもの仕切り網のメンテナンスを一体どうやっていくのか、はなはだ疑問です。

太地町は漁業の町でもあります。太地町は、かつて漁業を守るために、海を汚染する原子力発電所誘致の申し入れを拒否した経験があります。今回、クジラ牧場(海のサファリパーク)導入による海洋汚染にどう対処するのでしょうか?

日本が地震の活動期に入ったことから、巨大地震が想定されています。太地町は巨大地震発生の有力な予定地とされています。地震だけでなく、地震に伴う巨大津波も想定され、このことへの対策が、観光客にも、施設に囲われたイルカ、クジラなどについても緊急に必要の課題となります。なお、台風への対処も考える必要があります。ヘイマエイ島では、嵐がケイコのいた湾の仕切り網に甚大な被害を与えています。ケイコの例でもわかるように、施設を維持していくためには、莫大な費用がかかることを覚悟しなければなりません。

イルカと泳いだり、海中でイルカと触れ合ったりすることについても、懸念があります。ゴンドウを含めて、イルカは海獣だということは忘れてはならないことです。思いがけない事故で、観光客もイルカも大怪我を負う可能性があります。実際、海外では、かなりの事故例が報告されています。また、人畜共通の感染症という問題も、避けて通れません。

森浦湾に多種のイルカやクジラを放り込んで、放し飼いにした場合、イルカの健康管理、必要になった場合の医療行為は、できるのでしょうか?

また、囲われた動物のストレスはどう解消するつもりなのでしょうか?等々。実際に構想を実現化し、それを維持していくことは、至難の業といえます。

太地町は、年々人口が減少し、高齢化が進んでいます。ここ数年で出生率が約30%減少するいっぽう、死亡率が25%近く増加しているのです。現在、太地町の住民数は3,500人に満たないと推定されています。鯨肉の需要は低迷し、イルカ肉の水銀汚染が次々と立証されて、捕鯨やイルカ猟の先行きは明るくありません。こうした状況下で、町を活性化させるために思いついたのが、クジラやイルカを使った、この事業だといいます。

三軒一高太地町長やその傘下の関係者は、この事業によって地域の振興を図り、「歴史的に古くからイルカ・クジラと共存してきた太地町」を国内外に売り出していくチャンスと考えていると報じられています。確かにイルカの追い込み猟を問題にした米映画「ザ・コーヴ」の上映によって、太地町は国際的な批判を受けました。しかし、太地町は、それを一つのチャンスとして捉え、国際的に太地町が知られるようになったことを逆に利用して、太地町の伝統的な捕鯨文化と「太地町立くじらの博物館」がこれまで積み重ねてきたイルカの飼育知識によって、太地の町が誇りを持って進めていける事業にしようと、考えているそうです。三軒一高町長は「批判を受けたこともチャンスととらえ、町の歴史を生かして、町全体をクジラをテーマにした自然公園や博物館にしたい」と話しています。(2012年2月27日の読売新聞)

しかし、ここで、誤解のないように、解説しておかなければならないことがあります。三軒町長のいう「自然公園や博物館」とは、実際には、捕鯨船を展示した「くじら浜公園」や、森浦湾の入口を網で仕切って、調教したイルカを収容する「人工的な施設」を意味しているということです。周知のように「太地町立くじらの博物館」は、博物館と呼ばれていますが、水族館施設であり、日本動物園水族館協会に登録されている会員です。また、「伝統的な捕鯨文化」というと、何か保護しなければならないように聞こえるかもしれませんが、太地町の漁協は「イルカの追い込み猟」を「伝統的な捕鯨文化」の一環だと考えています。つまり、太地町が現在企画している事業は、野生動物(イルカやクジラ)を捕殺して、または生け捕りにして利用するイルカの追い込み猟と切っても切れない関係にあり、従来の水族館経営の延長線上にあるものです。さらに、「歴史的に古くからイルカ・クジラと共存してきた太地町」という謳い文句も、甚だおかしな宣伝文句です。太地町は歴史的に、一方的にイルカやクジラを利用してきた町であり、未だにイルカやクジラとの共存を考えられない町だからです。

太地町のイルカの追い込み猟は、現在、国際的な非難を浴びています。野生のイルカの生態がよく分からなかった30年前には、ほとんど問題にされなかったことが、今の時代には、大いに問題にされるようになりました。人間が野生動物を自由に捕獲して利用することが奨励される時代は、すでに終わりを告げています。野生動物は野生のままに置くということが、国際的な常識となっています。太地町の捕鯨文化を保存することは必要ですが、捕鯨文化は、博物館の中で、歴史的な、時代の遺物として大事に保存するべきものであり、「伝統的な文化」と称して、実際には、近代的な装備や技術を駆使して、野生動物に多大な犠牲を強いて捕鯨を行なうことは、できる限り避けるべきです。これが、今日、国際的に定着している社会通念なのです。

莫大な費用をかけて事業を企画するなら、この際、太地町は、次の時代にも通用する企画を考えてみてはどうでしょうか。発想の転換によって、地域の活性化に成功した例は、海外にいくつもみられます。「伝統的な捕鯨文化」を大事にしつつ、大胆な発想の転換をはかり、野生動物との共存を考えることによって、太地町が地域の振興を図ることは、今の時代なら可能なことです■

 
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